『人口大逆転』
チャールズ・グッドハート、マノジ・プラダン著、澁谷浩訳
3300円(税込) 日本経済新聞出版

高齢化による労働力減少、さらにグローバル化の流れが変わり、インフレが到来する構造を解説。高齢化が進む日本の状況の分析も。

 世界は今、驚異的なインフレに怯(おび)えている。ついこの間まで、好景気、低金利、株高を謳歌していた世界は一変した。その原因はコロナ禍とロシアとウクライナの戦争だと考えていたが、本書を読み、それは浅はかな理解であると悟った。私たちの未来は、人口動態の変化「人口大逆転(少子高齢化)」によって必然的に「甘く心地よい状況からすっぱく厳しい状況に変化」せざるをえないのである。

 「甘く心地よい状況」だった原因は、まずは中国の台頭とソ連の崩壊によるところが大きい。それぞれが先進国に安価な労働力を大量に供給した。先進国においても団塊の世代などが労働力に加わり、女性の社会進出も進んだ。豊富な労働力の供給は、労働者の交渉力、賃金、社会的地位の低下を招いた。安価で豊富な労働力はデフレ要因となり、世界的な金融緩和でもリフレにならなかった。

 これが「すっぱく厳しい状況」に変化する原因は、先進国の出生率の低下、高齢者(特に認知症の高齢者)の増加、安価な労働力の供給力低下などによるグローバル化の減速である。この結果、労働力不足に陥り、働かない高齢者など依存人口比率が上昇する。この状況はインフレを生むことになる。

 本書の解説を読むと、気づきも多い。例えば第4章介護危機では、日本人において100歳の高齢者の認知症リスクは99%であるとの学者の説を紹介し、これを介護するにはロボットでは無理であり、EQ(感情知能)が高い人材が多く必要であるが、労働力不足の傾向が明確になる中で人材の再配分は極めて困難になる。結果として老々介護という家族介護に頼ることになり、これが家計貯蓄を減少させ、国家財政負担を強いることになる。

 問題解決のために、労働現場の自動化・ロボット化を推し進めるとともに発展途上国からの移民を進めればいいとの意見もあるだろう。しかし問題は、統治能力のない国は、世界に労働力を供給できないということだ。

 さて本書で日本人にとって白眉なのは、第9章の「それは、なぜ日本では起こっていないのか?」である。過去30年間、日本はある種の幸運(?)に恵まれていたと本書は言う。第一は、日本の労働力不足を中国などが補ってくれたこと、第二は日本の賃金が下がったこと、第三に日本の年金支給額が少ないので65歳以上の労働参加率が先進国トップレベルであることだ。しかし現在、日本はこの幸運(?)から見放され、インフレの時代を迎えつつある。まずは本書を読み、現実を直視するところから始めたい。

Writer
作家
江上 剛

銀行在職時に『非情銀行』で作家デビュー。ビジネスの現場や経営者を描いた作品で人気を集める。近著は財閥解体を題材にした『創世の日』。(写真=北山 宏一)

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1100円(税込) マガジンハウス

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日経ビジネス2022年10月24日号 94ページより目次

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