『ストーリーが世界を滅ぼす』
ジョナサン・ゴットシャル著、月谷真紀訳
2200円(税込)東洋経済新報社

情報が瞬時に拡散される社会では、単純な善と悪のストーリーが悪用される危険性も高い。「物語」があふれる世界での生き方を提言。

 タイトルを見ると、警鐘本のように見える。僕も「ストーリーに操られないようにしよう」というメッセージを伝えるための本だろうと思って読み始めた。

 ところが、そうではない。いや、そうとも取れるのだが、少なくとも僕はそうは取らなかった。物語で人や世界を支配する仕方を書いた、とてつもなく危険なハウツー本と読めるのだ。一度、そうした観点で読んでしまうと、もうその観点を捨てることができない。こんな本を手にしていいのだろうかと、ちょっとした背徳感を覚えながら読んでしまうのだ。しかも、人間とは「やってはだめ」と言われると、やりたくなる生き物である。そう考えると、ある種の仮説が浮かび上がってくる。著者はそれを熟知した上で、まさに「ストーリーテリング」の力を使って、結局は「ストーリーテリング」の強さを読者に植えつけているのではないか。

 本書は「ストーリー」を、一言では定義していない。あらゆるエピソードや考察を使って、様々な角度からストーリーという概念に秘められた可能性について説いている。

 プラトンの『国家』が出てきたかと思えば、2016年の米国大統領選で、ロシアのトロールファーム(情報工作組織)が行った、ストーリーによる米国への攻撃について書いている。かの有名な「トロイの木馬」のエピソードも、実は滅ぼされた側は、木馬に隠された兵士たちによって滅ぼされたのではなく、その木馬を城門の中に引き入れた「語り手」が紡ぎ出す「ストーリー」によって滅ぼされたのだと説く。

 読むにつれて、正直、マーケティングにも、マネジメントにも非常に有用なスキルだと思った。明日からこれを利用しようと考えると、正直言うと後ろめたく思いつつ、心拍数が高くなるのを感じた。

 一方で、やはり、こうも考えたのだ。我々は日常的に、他者が発するこの「ストーリー」の力によって、人生の行路を少しずつ、狂わせられてしまっているのではないか、と。

 何気なく、チャンネルを手にして広がる膨大なるストーリー世界に一度、「ナラティブ・トランスポーテーション」、つまりは没入してしまうと、現実世界に帰るのが難しくなる。現実を忘れて、主人公と同化して、自分が努力し、困難に打ち勝ち、ヒーローになったように錯誤する。本書でも指摘しているドラッグ的な効果があることは間違いない。だとすれば、「ストーリー」をそうした危険性のあるものと認識し、それに完全には囚(とら)われないように意識することが重要なのではないかと思った。

 一周回って、警鐘本にもなっている。矛にも盾にも使える本だ。

Writer
天狼院書店店主、作家
三浦 崇典

体験型書店「天狼院書店」を東京、京都、福岡などに10店舗を展開。文章執筆や写真の教室も開催する。近著に『1シート・マーケティング』。(写真=山田 菜摘)

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『教養としての「ラテン語の授業」』
ハン・ドンイル著、本村凌二監訳、岡崎暢子訳
1980円(税込)ダイヤモンド社

ラテン語という言語を通じて、西欧文化に通じる古代ローマ人の文化、キリスト教、さらに人生の哲学まで深く考察する。


『ベンチャーキャピタル全史』
トム・ニコラス著、鈴木立哉訳
3960円(税込)新潮社

GAFAをはじめスタートアップが育つエコシステムの特徴とは。リスクと失敗を許容し、成長を推し進めた経済史を解説。

日経ビジネス2022年10月17日号 73ページより目次

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