
田辺聖子著
1760円(税込) 文芸春秋
遺品整理の中で見つかった日記が明かす人気作家の若き日々。戦争と敗戦、家族への思いなどをみずみずしい文章でつづる。
「何事ぞ! 悲憤慷慨その極みを知らず、痛恨の涙、滂沱として流れ、肺腑は抉らるるばかりである。我等一億同胞胸に明記すべき八月十五日。嗚呼、ついに帝国は無条件降伏を宣言したのである。(中略)何のための今までの艱苦ぞ。サイパン島同胞婦人、日本の勝利を信じて静寂に髪を梳いて逝き、アッツ島守備兵また神国不滅を確信して桜花と散り、沖縄の学童はいたいけな手に手榴弾を握って敵中に躍り込み、なかんずく、特攻隊の若桜はあとにつづくを信ずと莞爾と笑って散った」
この体内からほとばしるような義憤に燃えた文章を、18歳の若き日に日記に書き留めたのは、のちに恋愛小説の名手として知られ、売れっ子作家となる田辺聖子である。
思わず二度見してしまうようなこのくだりは、当時の平均的日本人の戦争への接し方がどのようなものであったかを伝えて感慨深い。こうした悲憤はひと月もすれば早くも生活苦に対するボヤキへと変わる。勤労学生の務めから解放されて、また学業に戻れることへの期待がつづられる一方、金銭も含めた将来不安の悩みが敗戦の悲しみにとってかわる。そして、田辺の思いは、日本は決して一億が一丸となって戦ったのではなく、末端のものが戦わされ、被災して財貨を無くし、上の怠惰な階級にだまされたのだという感想へと変わってゆく。
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