『沙林 偽りの王国』
帚木蓬生著
2310円(税込) 新潮社

精神科医でもある著者が平成最大の犯罪とされる事件の全貌を追った作品。科学的解説とともに、人間の倫理観に迫る。

 1995年3月20日に起きた地下鉄サリン事件には私も強い衝撃を受けた。当時私は、旧第一勧業銀行(現みずほ銀行)の広報部次長だった。通勤途上の行員たちが被害を受けた。私は、すぐにオウム真理教の仕業と思い、情報収集に動いたことを記憶している。

 オウム真理教が関係したのは、これだけではない。松本サリン事件、坂本弁護士一家殺害事件など、思い出すだけでも憤りを覚える凶悪事件ばかりだ。しかし事件から26年が経過し、首魁麻原彰晃をはじめ幹部たちが死刑になるに及んで記憶も薄れ、かつ事件を知らない人も増えてきた。著者は、そんな私たちに「オウム真理教が犯した未曽有の犯罪は、日本人のみならず人類の記憶に、永遠に刻印されるべき」(後記)で忘れることは許さん、とばかりに本書を真正面からぶつけてきた。

 本書は、事件をただ詳細になぞった内容ではない。医師である著者は、サリンやボツリヌス菌などの化学・生物兵器の歴史、製法、解毒法など持てる知識、情報をフル活用し、事件の全体像を俯瞰(ふかん)的・重層的に描き切った。著者は、ある新聞のインタビューに本書を「紙碑(しひ)」と答えているが、まさに言葉通りである。

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