
ブルネロ・クチネリ著、岩崎春夫訳
1848円(税込) クロスメディア・パブリッシング
倫理的にも経済的にも人間の尊厳を追求することを目的とし、農村に根差すアパレル企業クチネリ。その根幹にある思想をつづる。
イタリアのウンブリア州の田舎町の13人家族の家庭に生まれた著者は、幼いころから牛を引いて畑を耕すのを手伝っていた。真っすぐに溝をつくるのが得意で、父に褒められた。なぜ真っすぐにすることが大事なのか。父に尋ねると、明快な答えが返ってきた。「その方が奇麗じゃないか」──。清潔と秩序の大切さ、沈黙の価値、物事をシンプルにすることの重要性を日常生活の中で自然と習得した著者はカシミヤセーターを作る小さな会社を立ち上げる。5年後にウンブリアのソロメオ村に移り、ここを「人間のための資本主義」を実現する場所と定めた。
人間のための資本主義は人間の利益を一義的に追求する。労働は健康で平和な生活を送るためだけにある、と著者は言い切る。消費者と生産者の双方にとって価値のある手作りの製品。手仕事の価値が行き渡った会社の文化。お互いを敬い、真実を重んじる人間関係。美しい労働環境。リラックスできる快適な休息時間。穏やかに生きていくために十分な所得。こうした原理原則は創業以来変わらない。「十分であることが豊かなこと」という考えだ。
きれい事ではない。ビジネスとしても成果を上げている。「ブルネロ・クチネリ」は2012年にミラノ証券取引所に上場し、19年には770億円の売り上げ、105億円の営業利益、145億円の営業キャッシュフローを生む会社にまで成長した。
ESGだ、SDGsだ、サステイナビリティーだ、と喧しい。背後には、資本主義下の企業活動が人間や社会の利益と背反するという前提がある。しかし、資本主義は道具にすぎない。それをどう使うかは人間に委ねられている。
確かに短期的には経営者と株主と従業員と社会、それぞれのステークホルダーの利害はトレードオフの関係にある。しかし、時間軸を長くとれば、トレードオフは解け、自然とトレードオンになる。競争があっても、独自の価値を長期的に創り続けることができれば、利益を生む。利益は株主にも従業員にも還元される。そのためには何よりも人間が安心して穏やかに働き続けられる会社でなくてはならない。経営者はそうした場をつくる責任を持つ。
この記事は会員登録で続きをご覧いただけます
残り587文字 / 全文1582文字
-
「おすすめ」月額プランは初月無料
今すぐ会員登録(無料・有料) -
会員の方はこちら
ログイン
日経ビジネス電子版有料会員なら
人気コラム、特集…すべての記事が読み放題
ウェビナー日経ビジネスLIVEにも参加し放題
バックナンバー11年分が読み放題
この記事はシリーズ「CULTURE」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
Powered by リゾーム?