全1463文字
『少年と犬』
馳 星周著
1600円(文藝春秋)

犯罪者、娼婦──。厳しい境遇を生きる登場人物たちが出合う1匹の犬が与えるものとは。直木賞受賞作。

 コロナ禍のストレスを癒やそうと、ペットを飼う人が増えているという。しかし、感染が収束する頃、無責任な一部の飼い主が「こんなに手がかかるとは思わなかった」などと言ってペットを遺棄するのでは。動物保護団体は、そう危惧しているらしい。

 平時でも、経済的な問題や転居などで飼育を断念する人はいる。そんな“やむを得ない事情”も突き詰めれば人間の都合。捨てられる動物にとっては理不尽な話である。ペットを飼うということは「命を預かる」こと。その自覚を持たねばならないと、飼い主の一人として強く思う。

 ペット、とりわけ犬は、信頼する飼い主に惜しみない愛情をくれる。それがどれほど人を支え、生きる力や安らぎを与えてくれることか……。今年の直木賞受賞作『少年と犬』にも、切ないまでの犬の献身が描かれている。「(犬は)人という愚かな種のために、神様だか仏様だかが遣わしてくれた生き物なのだ。人の心を理解し、人に寄り添ってくれる。こんな動物は他にはいない」。この一節が胸にしみる。

 物語の“主人公”は東日本大震災の被災犬。飼い主を亡くし、なぜか西へ西へと向かっている。命がけの旅の途中で、犬は何度か人に拾われる。震災で職を失い、犯罪まがいの仕事に手を出した男、関係の壊れかけた夫婦、死期を悟った猟師……。孤独のなかでもがき、惑う彼らにとって、その犬は暗闇に差す一条の光となる。「どん底の人生で、おまえに出会ったことが最高の出来事」だと言わしめるほどに。

 登場人物たちが次々に死ぬなど、作品に通底するのは世の無常か。だが、犬のけなげさや賢さに、読者もまた救われる。犬好きなら共感できる部分が多く、結末は涙なしには読めない。とりわけ、愛犬を亡くしたばかりの私には、ずしりとこたえた。