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 玄関先にやってくる勧誘を、適当に扱ったことのない人はほとんどいないだろう。それなりに丁寧に「あっ、今は結構ですので……」と応えたつもりでも、それが何十軒と続くほうの気持ちを想像できているわけではない。

『牛乳配達DIARY』
INA著
1500円(リイド社)

平成30年に牛乳配達員として働いていた26歳の著者。戻りたくはないが懐かしい日々の記録をつづる。

 INA『牛乳配達DIARY』は、牛乳配達員の日々を描いた漫画作品。配達と営業を繰り返す中で接する人間の描写が、静かに染み込んでくる。「みぎ!」「ひだり!」と叫びながら横断歩道を渡る小学生。モクレンのイラストを描く女性から、帰り道にここを通るときまでには「何とかお見せ出来るように」と言われて心が躍るものの、後で通りかかったら誰もいない。若葉マーク・もみじマークの貼り方にも様々なパターンがあると観察する。逆に鳩サブレーを2枚渡され、特定の政党への投票を促される。目に入るちょっとしたことに感情を動かす、そんな配達員の心のうつろいに浸ってしまう。

 あらゆる局面で、「視点を変えよう」や「他人の気持ちを想像しよう」なんて言われるけれど、人は、なかなか視点を変えないし、自分の気持ちを優先してしまう。そんな時、日ごろすれ違う人の視線を借りることによって、自分のそれを崩したり、改めたりすることができる。大変な思いをしているんだな、という安っぽい同情ではなく、そういう視線があるのかと知ることによって、日常の奥行きを獲得することができる。本作は、暮らしの尊さを知らせる稀有な作品だと思った。