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 新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化するなか、世界各国のリーダーの手腕に注目が集まっている。未曽有の危機に際し、難しい舵取りを迫られているのは企業経営者も同じ。こんなとき、ビル・キャンベルなら、悩める彼らにどんな助言をしただろうか。『1兆ドルコーチ』を読みながら、ふとそんなことを考えた。

『1兆ドルコーチ』
エリック・シュミットほか著
桜井祐子訳
1700円(ダイヤモンド社)

アップル、グーグル、アマゾンなど、名だたる世界的企業の経営者の「師」だったビル・キャンベルの人物像を伝える。

 ビル・キャンベルは“シリコンバレー最大の秘密”とされる伝説の人物である。アメリカンフットボールのコーチからビジネス界に転じ、経営者として成功。スティーブ・ジョブズの信頼を得てアップルの取締役も務めた。毎週末、散歩を共にするなど、ジョブズのよき相談相手でもあったという。

 その一方で、グーグル、ツイッター、フェイスブックといったシリコンバレーの企業幹部に無償でコーチングを行い、その成功を陰で支えた。「彼がいなければ、今のグーグルはない」。そう言わしめるほどの影響を与え、多くの人に慕われたのだ。

 同書は、2016年に没した偉大なコーチの教えを次世代に伝える。筆を執ったのは、エリック・シュミット元会長兼CEOをはじめとするグーグルの面々(『How Google Works』と同じ執筆チーム)。タイトルは彼が力を貸した企業の時価総額が1兆ドルを上回ることに由来するが、そのコーチングの真の価値は金銭では表せないだろう。

 生前のビルは明晰(めいせき)な頭脳と温かいハートを併せ持つ、愛すべき人物だったようだ。向き合う相手に関心を寄せ、その人をまるごと理解しようとする。本人はもちろん、その家族や友人にも細やかな心配りをしたと言われている。また、個人よりもチームに重きを置き、「チーム・ファースト」を徹底。チームの緊張を和らげ、共通の目標に向かって邁進できるよう導いたのである。

 人間味あふれる彼の手法は、古きよき日本の名経営者を思い起こさせる。「彼は人を愛した。そして職場に愛を持ち込んでもいいのだと教えた」とあるように、シリコンバレーに集う野心家には新鮮なアプローチだったのだろう。

 同書に序文を寄せたアダム・グラントは、ビルのように進んで人助けをする人物を「ギバー(与える人)」と呼び、「人は高みに上がれば上がるほど、自分が成功するために他人を成功させることがますます必要になる」と説く。要するに「情けは人の為ならず」ということ。こうした東洋的な考え方が最先端IT企業の経営者に支持されていることに感慨を覚える。