『房思琪(ファン・スーチー)の初恋の楽園』
林奕含著、泉京鹿訳
2000円(白水社)

少女が受けた虐待が描かれる。著者が「これは実話である」と発表し、自殺したことで台湾で大きな話題となった。

 虐待されてきた人は、声を持たないことが多い。虐待を受けた人間のストーリーはカルテのように私たちの目の前に並べられはするのですが、それは人間という存在の奇妙さ、奥深さについてうわべをかすったものでしかないような気がするのです。

 実は、虐待を受けた人というのは必ずしも外側からは分かりません。見た目は若さに満ち溢れ、誰からも憧れられるような少女がある日いきなり自殺を図り、あるいは正気を失って遊離してしまう。出版後に26歳の若さで自ら命を絶った本書の著者リン・イーハンは、信頼できる隣人だった強姦犯を愛して壊れていく少女の物語を、実話に基づく小説であるとしています。

 著者の自殺という衝撃により、台湾社会には大きな波紋が広がりました。背後にあった社会問題、受験競争の過熱と子供たちを性的に搾取する教師たちの存在、信頼をおいていた人にレイプされたときに親に訴えられない社会規範、「恥」の問題に焦点が当たり、本書で語られた事件は、一部の被害者だけでなく皆の問題であると認識されるに至りました。

 しかし、著者はそのような「社会性」を帯びた小説としてのみ本書を位置づけることをよしとしませんでした。本書で語られるのは、少女に対する教師の長年にわたる支配とレイプに加え、深酒するたびに妻を殴る夫のDV、教師にレイプされたことを告白したガールフレンドを「汚れた女」と罵って捨てさる若者など、さまざまです。

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