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 1960年代に幼少期を過ごした世代にとって、岩谷時子といえばたちどころにいくつもの流行歌が思い浮かびます。加山雄三の「君といつまでも」「お嫁においで」、ザ・ピーナッツ「恋のバカンス」「ウナ・セラ・ディ東京」、岸洋子「夜明けのうた」、ピンキーとキラーズ「恋の季節」、佐良直美「いいじゃないの幸せならば」等々。

 ヒット曲を連発する一方で、岩谷は昭和の大スター越路吹雪の生涯にわたるマネジャーを務めます。越路が歌って彼女の代名詞となったシャンソンの名曲「愛の讃歌」「サン・トワ・マミー」「ろくでなし」などはすべて、岩谷が訳詞を手がけます。

 作詞家としても活躍し、越路が死去するまで「本当に親身に、時には苦言を呈し、時には共に戦う、信頼のおける助っ人」であり続けた女性といえば、どんなスーパーウーマンをイメージするでしょう? 彼女をよく知る人は“聖女”のようだったと語ります。控えめで、清楚で、気どらなくてざっくばらん。いつも穏やかな笑みを絶やさない。それでいて、芯は強く、仕事は誠実で完璧だと。そうした岩谷時子の実像に迫る力作評伝が『ラストダンスは私に──岩谷時子物語』です。

今週の1冊
ラストダンスは私に──岩谷時子物語
村岡恵理著
2200円(光文社)

昭和の大スター越路吹雪との40年来の友情、売れっ子作詞家としての活躍。働く女性の先駆者の実像とは?

 読みどころは、二足のわらじを履いた彼女が、さまざまな人と出会い、何ごとにも真剣に向き合う生き方そのものです。越路を取り巻くショービジネスの世界の厳しい駆け引き、人間関係の軋轢、岩谷が抱えなければならなかった葛藤や苦悩もあれば、本気で才能を愛することの歓喜と孤独──。

 何しろ女性の働くことが容易ではなかった時代に、信念と誠実さを貫き、40年来の越路との友情を保って、彼女の活躍を黒衣として支えます。作詞では「よっぽどのことがない限り、多忙でも仕事は断らない」というほどに、全力で時代を駆け抜けます。しかもピュアなたたずまいを崩さず、知的な美しさを保ちながら──。