全1496文字
今週の一冊
緋の河
桜木紫乃著
2000円(新潮社)

LGBTや性同一性障害といった言葉がない時代。ヒデ坊と呼ばれた少年は自分の性を選び、偏見を超えて生き抜く。

 パイオニアはすべからく苦悶するのだろう、「明日にならねば、開かぬ扉がある」と。『緋の河』は、ニューハーフの新時代を切り開いたカルーセル麻紀をモデルにした、直木賞作家・桜木紫乃による小説だ。

 釧路に生まれた主人公・秀男は、女の子よりもずっと可愛いといわれる色白の子どもだった。だが、小学校でつけられたあだ名は「なりかけ」、女になりかけ、という意味である。

 その時代の釧路は炭鉱と漁業とパルプ産業で賑わう町だった。色街もあり、秀男は偶然そこで出会ったお女郎さんのようにきれいになりたいと思う。そして、女の子よりも男の子に惹かれるようになっていく。

 小学校時代には初恋をした。相手はもちろん男の子だ。中学校では、複数の体育会系男子を操りながら自分の身を守った。そして、高校1年生の時、生徒指導に嫌気がさして家出する。

 その原資は、初恋の男を「買い戻す」ために貯めたお金。札幌でゲイボーイとして働き出すが、家出少年として連れ戻される。以後、紆余曲折を経て、大阪へと移り、「女より美しい男」として、芸能界へと羽ばたいていく。

 桜木も同じく釧路の生まれである。ただ、世代はかなり下なので、花街が賑わいを見せていた釧路は知らないはずだ。しかし、その頃の釧路の街と、そこで必死に生きる人たちのことを実に生き生きと描き出している。タイムスリップしたかのように、冒頭から一気に物語へと引きずり込まれてしまう。

 モデルがいてそのエピソードがちりばめられているとはいえ小説だ。「とことん汚く書いて」と、カルーセル麻紀は桜木に言ったという。しかし、汚いというような印象はうけない。

 かといってきれい事ではない。自分の望みが受け入れられない時代と場所において、自分の力で、本当の意味で自分らしく生き抜く人生というのは、壮絶な物語にならざるをえない。