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 『林彪事件と習近平』は、中国共産党の権力闘争の深層を探ることによって、習近平体制の今後を占おうとした労作である。著者は、共産党は根本的には何も変わっていないのではないかという仮説を立て、林彪事件の真相究明が習近平体制の解剖につながるとの問題意識を持って本書のテーマに取り組んだ。

今週の一冊
林彪事件と習近平
古谷浩一著
1600円(筑摩書房)

毛沢東に次ぐ立場にあった林彪が亡命の途中で命を落とした事件を探りながら、中国の権力構造に迫る。

 1971年9月13日未明、中国のナンバー2の林彪ら9人を乗せた飛行機はモンゴルの草原に墜落し全員が死亡した。著者は第1章でモンゴルに赴き、その夜起きたことを克明に再現しようとする。第2章の舞台は一転して中国。同じ夜、中国の指導部はどう対応したのか。周恩来や毛沢東の切迫した動きが丁寧につづられる。林彪の逃亡を知った毛沢東が「天は雨を降らせ、(つれあいを失った)母は嫁に行く。阻止するな。行かせてやれ」と指示した話はあまりにも有名だ。「林彪死去」の報を受けた指導部は一転して明るい雰囲気に包まれたという。第3章は、事件の発端となった70年の廬山会議から筆を起こし、林彪グループが国家主席の復活を画策したとして、毛沢東が林彪を追い詰めていくプロセスが描かれる。第4章は林彪事件の後始末だ。中国指導部が林彪事件を認めたのは72年6月。事件から9カ月がたっていた。これほどまでに情報統制を徹底させた理由は何か。公的には「林彪・江青(毛沢東夫人)反革命集団」として最終的に断罪されたものの、廬山会議では林彪グループと江青グループが対立していたではないか、と著者は指摘する。