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 文明の恩恵に浴した快適生活を続けるあまり、私たちの理科的好奇心──「なぜだろう?」「どうしてだろう?」という素朴な“知りたい欲”──は衰える一方なのではないか?

今週の一冊
『めんそーれ!化学——おばあと学んだ理科授業』
盛口満著 880円(岩波ジュニア新書)

こんな授業を受けたなら、きっと化学が好きになったのに。生物ファンおなじみのゲッチョ先生の夜間中学白熱教室!

 そんなことを考えさせられたのが、『めんそーれ! 化学』という1冊です。著者は「生き物屋」を自称する正真正銘のナチュラリスト。その人がなぜか化学を教えます。場所は沖縄県那覇市のフリースクールが開いている私立の夜間中学です。生徒はほとんどが地元出身の女性──それも60代以上の、沖縄のいわゆる「おばあ」たちです。

 太平洋戦争末期、沖縄が激烈な地上戦に巻き込まれ、多くの犠牲者を出したことは周知の通りです。その混乱期にぶつかり、満足に初等教育を受けられなかった人たちが、「齢はとっても、学ぶことは楽しい。それは新しい自分に出会えるから」とやってきます。

 理科を受け持ったセンセイは、さまざまな工夫をしながら化学を教えます。それに「いのち」を吹き込むのが、生徒たちとのやり取りです。何しろ教科書的知識はなくとも生活知はたっぷり蓄えてきたおばあたちです。なんともにぎやかな喧々諤々(けんけんがくがく)!そこで著者はハタと気づきます。

 「理科って本当は、くらしの体験に結びついて、その理由を明らかにしたり、法則性と結びつけたりする」勉強ではなかったか。素朴な疑問がひとたび理科の知識で裏付けられると、「ああ! そういうことか」とナットクします。“新しい自分に出会える”とは、「もっと学びたい」と思わせる、こういう楽しさ、豊かさではなかったのか、と。

日経ビジネス2019年6月3日号 105ページより目次