「人類が生き残るためにはアホが必要だ」と訴える『京大的アホがなぜ必要か』を読んで、「Stay hungry, stay foolish」という言葉を思い出した。スティーブ・ジョブズがスピーチで引用した、あの名言である。
今週の一冊
『京大的アホがなぜ必要か』
酒井 敏著 860円(集英社)

予測不可能なカオスを生き延びるには、常識の枠にとらわれない、特異な人材が必要なことを最先端の理論から説く。
「京大的アホ」の「アホ」とは、「常識」や「マジメ」の対立概念だという。天動説が常識の時代に「地球が動いている」と主張すれば、「そんなアホな!」とあきれられるのがオチである。だが、後世の我々はそんな“非常識なアホ”が正しかったことを知っている。既成概念にとらわれない「アホ」こそが、誰も気づかなかった新しい真実にたどり着けるというわけだ。
実際に京都大学では学生たちに「アホなことせい!」とハッパをかけていたという。失敗を繰り返しても、「それ、おもろいな」と思わせる何かがあれば許容される。変わり者が受け入れられ、「変人」がホメ言葉になる──それが京大の文化だったのである。
ところが、こうした「自由でアホな京大の学風」が失われつつあると、京大教授である著者は嘆く。産業界からの圧力で、改革の名の下に教養部の解体や「選択と集中」が進み、無駄な研究が排除されるようになったのだ。
この状況を著者は憂う。今の常識に照らして「すぐに役立ちそうなこと」だけに注力していると、“想定外”の激変に対処できない。不確実な世界で生き延びるためには、「アホ」のように見える無駄を許し、多様性を維持することが重要だからだ。
同様の問題意識はビジネスの世界にもあり、「画期的なイノベーションは変人が起こす」などと言われる。しかし、本書の白眉は、「アホ」や変人の必要性を、カオス理論やスケールフリーネットワークといった最先端の複雑系の理論から読み解いていることだ。
近代科学は自然界のすべてが予測可能になると信じてきた。それゆえ現代人は、事故や災害も因果関係に基づいて予測できると思いたがる。だが、この世界は予測不能なカオスであり、だからこそ「アホの存在意義」があるのだと、力説するのである。
京大が誇る最強の変人、故・森毅教授は、「無駄がどれほど身につくかで、教養が広がる」と語っていたそうだ。すぐには使えないガラクタ知識が、あるとき一気につながって大きな流れを起こす。つまり、イノベーションはガラクタの蓄積から生まれるというのだが、困ったことに、それを育む環境が危機に瀕しているのである。
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