日本企業の成長力回復に向けて「人的資本経営」の重要性が叫ばれている。人材を資本の一つと見なす考え方で、企業は実際にどのような取り組みを進めているのか。ソニーグループ、ファーストリテイリング、NTT、大和証券グループ本社、メルカリの人事トップに、今後の人材戦略を聞いた。

安部和志[あんべ・かずし]氏
安部和志[あんべ・かずし]氏
ソニーグループ執行役専務。1984年にソニー入社。ソニー・エリクソン・モバイル・コミュニケーションズABのバイス・プレジデントなどを経て2016年に執行役員コーポレートエグゼクティブ就任。18年、執行役常務。20年から現職。(写真=北山 宏一)

この10年間で事業構成を大きく変え、エレクトロニクスからエンターテインメントやコンテンツに軸足を移しています。どのような人事戦略があったのでしょうか。

 約11万人の社員の約半分が日本以外で、特にエンターテインメントの事業は米国に本社を置くほどです。人材の多様性こそが大きな強みだと思っています。企業の成長というものは、突き詰めると多様な“個”の成長の総和ではないでしょうか。

 成長は個人と企業をつなぐ共通のアジェンダ(課題)となり得ます。その成長を支援して、結果として企業も成長していけばいい。個の挑戦を支援した結果、社員自らが学ぶカルチャーが定着し、自律的な成長を実現できたのだと思っています。

 社員を管理しようとするのはもうやめて、それぞれの人が持っている動機を人事が支援することが必要です。この理念は今後も不変です。

社員の目指すキャリアと会社の方向性が異なるケースはあると思います。

 社員全員の動機と経営戦略の整合性を取ることは難しいからこそ、「支援する人事」が重要なのです。こうした考え方を分かりやすく伝えるために“Special You, Diverse Sony”という人材理念を整理しました。社員が自らの意思で独自のキャリアと未来を築くこと(Special You)と、ソニーという器の中で新しい価値が生まれること(Diverse Sony)を込めたものです。事業の成長に最も適した個を求め、伸ばし、そして「生かす」支援が重要だと考えています。

 世界トップレベルの人材獲得に向け、中長期的には米国の南カリフォルニア大学や東京大学などとの産学連携にも注力しています。処遇競争力も重要な要素の一つで、株式報酬制度も手厚くしていくつもりです。

 ソニーでは社員エンゲージメントを重要な経営指標の一つに位置付けています。相関分析したところ、学習や成長の機会があるかどうかがエンゲージメント向上のキーファクターとなっていました。

 そのため様々な機会を提供しています。2000年に立ち上げた(社内教育機関の)ソニーユニバーシティでは、部長・課長・リーダーの3つのコースを設けています。また、経営責任者と将来の期待人材を戦略的につなぐためのメンターシッププログラムも始めました。技術研修も年間で約2万6000人超が受講しています。社員が自主的に学びのコミュニティーを立ち上げることもあり、会社も活動を支援しています。

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