米テスラのイーロン・マスク、米アマゾン・ドット・コムのジェフ・ベゾス、米マイクロソフトのビル・ゲイツ。世界一の富豪になったイノベーターたちが読んだ本のエッセンスを紹介する書籍からの連載第2回。マスクやスティーブ・ジョブズが読んだ「危険な思想書」とも呼ばれる本とは。

肩をすくめるアトラスを読み、アイン・ランドの思想から影響を受けたアップルのスティーブ・ジョブズ(写真=ロイター)
肩をすくめるアトラスを読み、アイン・ランドの思想から影響を受けたアップルのスティーブ・ジョブズ(写真=ロイター)

 イーロン・マスクとスティーブ・ジョブズが読んだ「危険な思想書」と呼ばれる本があります。『肩をすくめるアトラス』。ロシア系米国人の女性作家、アイン・ランドが1957年に発表した小説です。個人的な自由と経済的な自由の両方を追求する「リバタリアン(自由至上主義者)」や米国の保守主義者の一部に、今でも強い影響を与えています。

 マスクと共に初期の米ペイパルを率いたピーター・ティール、米ウーバーテクノロジーズ創業者のトラビス・カラニックなど、さまざまなテック系スタートアップの経営者がこの本を支持しています。さらに米連邦準備理事会(FRB)元議長のアラン・グリーンスパンや経済学者のルートヴィヒ・フォン・ミーゼスも、肩をすくめるアトラスとランドのファンであることを公言していました。

 ジョブズはランドに心酔しており、がんで死去する少し前に見に行った映画が、2011年に公開された肩をすくめるアトラスのパート1だったそうです。「肩をすくめるアトラスはジョブズの人生のガイドになった本だと思う」。米アップルの共同創業者であるスティーブ・ウォズニアックはこう述べています。

 名だたる起業家や経済界のリーダーは、なぜ肩をすくめるアトラスに魅了されたのでしょうか? この本は、発明家や事業家などの優れた天才たちが、強い意志と徹底的な利己主義により社会を正しく導こうとする物語です。

 舞台は、長引く不況に直面して社会主義化が進みつつある米国。国家による統制や規制が強まる中、民間企業のリーダーや、起業家、科学者たちは技術や製品を提供することを拒否する“ストライキ”を決行します。

 革新的なモーターや軽量で耐久性が高く安価な金属を発明するなど、傑出した高い能力を持つ人々が相次いで姿を消した結果、経済は立ち行かなくなり、政府は必死になって行方を捜します。彼らはロッキー山脈の渓谷に集まり、優れた能力を持つ者だけのコミュニティーを形成します。社会に途方もなく大きな価値を生み出す天才たちが真っ向から反旗を翻したことにより、政府は崩壊し始めます。

「利他」よりも「利己」を重視

 マスクやジョブズ、ティールのようなイノベーターたちにとり共感できる点が多いストーリーでしょう。個人が生み出す成果は純粋にその人物の能力のおかげであり、優れた能力と知性がある人間は逆境を克服できるというのがランドの主張です。肩をすくめるアトラスには、このようなランドの強烈な思想が込められています。

 その特徴としては、まず利己主義が挙げられます。ランドは1964年に米国の雑誌に掲載されたインタビュー記事の中で「人は自分自身のために存在する」「自分自身の幸福を追求することが、人にとって最高の道徳的目的である」「自分を他人の犠牲にしてはならないし、他人を自分の犠牲にしてもならない」といった自身の考えを説明しています。