「方針を変えるべき」という明確なシグナルが出ているのに、組織が正せないケースがある。望ましくない方向に事態が進めば、取り返しがつかない結果も起こりかねない。経営学の最新研究から、失敗を招く「3段階の心理的なバイアスのわな」が明らかになった。

間違いを正せない企業は、信用を失ってしまう(写真=PIXTA)
間違いを正せない企業は、信用を失ってしまう(写真=PIXTA)

 組織は間違いを修正するのがなかなか難しい。その結果「もっと早く対応すればこれほど大きな問題にはならなかったのではないか」という批判が集まることになる。トップの責任が問われることもある。職場を離れても、例えば生活習慣を変えるべきことを強く促す健康診断の結果を前に、何の手も打たない自分に気づくこともある。間違いを修正するのはやはり難しいのだ。

 合理的で正しい判断がゆがめられるのは「心理的なバイアス」が原因だが、心理的なバイアスは、トップが有能かどうかに関係していないことがこれまでの研究から分かっている。

 なぜ有能なトップですら、ネガティブなシグナルをうまく活用できないのか。この問いは「企業の行動理論」と呼ばれる研究領域において古くから検討され、現在も多くの実証研究が蓄積されている。では「心理的なバイアスのわな」を3段階のモデルで考えてみよう。

1.ネガティブ情報を見ない

 例えば「高い売上高と利益率を誇っているが、強力な競合の参入が確定している」という場合。ここで対処できれば、問題の発生は事前に回避できるはずだが、なぜできないのか。「将来についての警鐘が無視される条件」が近年の研究で明らかになっている。それは「悪くない現状」と「権力」とが重なったときだ。

世界の最新研究
 オランダのエラスムス・ロッテルダム大学のラディーナ・ブラゴエヴァ氏らは、2020年の論文において、米国の株価指数「S&P500」の構成銘柄である企業の研究開発投資を調査。従来と同じ戦略を進めると業績の悪化が予測される場合、一般的に企業には積極的な研究開発投資が求められるにもかかわらず、CEO(最高経営責任者)が大きな権力を持ち、現在の業績に問題がない場合には、ネガティブな業績予測を前にしても研究開発投資があまり増えないことが明らかになった。

 ネガティブな「将来」の予測が示されるということは、視点を変えれば、「現時点」の状況はそこまで深刻ではない。健全で合理的な意思決定を行うには、ネガティブなシグナルに焦点を置き、対処するための手をこの段階から打っておくべきだが、人は周囲、さらには自らに対して「自分が行ってきたことは間違っていない」と認めさせたい欲求を持っている。ネガティブな予測に基づき手を打てば、「今までのやり方が通用しなくなるという事実を自ら証明してしまう」ことになりかねない。「現状は悪くない」ほうに注目し、「手を打たないほうがマシなのではないか」と、意識的もしくは無意識的に思い込む。

 ただし、状況が悪化することを示すシグナルはやはり気になるため、シグナルを無視するには別の要素が必要になる。それが意思決定を行う立場にいる人物の強い「権力」だ。強い権力があるからこそ、「自分たちはよく頑張っている」という思い込みを周りに押し付け、周りもそれに表立って反論できない。その結果、ネガティブなシグナルに向き合う議論や意思決定が組織から失われる。

 将来への警鐘を無視したことに対しては、後になって批判が集まることが多い。だが、情報の取捨選択をする場合、自分の正しさや能力を「証明」してくれるデータに過度に目を向けがちになる。だからこそ、自身の心の弱さを克服することが求められるが、それができずネガティブな予測が無視されれば、予測の内容は現実になっていく。

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