工芸品を製造する事業者の相次ぐ廃業を耳にして、業界の未来に強い危機感を覚えた。自社を改革した成功体験を生かし、業績が低迷する工芸会社のコンサルティング事業に参入。試行錯誤を続けながら事業者を元気づけ、工芸界の活性化に役立つ会社へと変わっていった。

中川政七(なかがわ・まさしち)氏
中川政七(なかがわ・まさしち)氏
1974年奈良市生まれ。京都大学卒業後、富士通を経て、江戸時代創業の家業である中川政七商店に入社。工芸分野の卸主体だった事業をSPA(製造小売り)に転換。2008年、13代社長に就任。18年から会長を務める。(写真=宮田 昌彦)

 中川政七商店の経営が順調に拡大する一方、工芸界では事業者の数が急速に減っていました。相次ぐ廃業の知らせを耳にして、「工芸のものづくりはいつか消えてしまうのではないか」という不安に駆られました。暮らしの中で使う手づくりの工芸品を絶やしてはいけない。私は工芸界を活性化するために、自社を改革して再生した経験が生かせるのではないかと考えました。

 事業者の廃業には主に2つ原因がありました。「変化した現代の生活様式に商品が合っていないこと」「事業者に技術があっても経営の視点がないこと」です。

 工芸の事業者は10人以下の会社が多く、国や地方自治体が補助金で支援することで、何とか事業の存続している会社が少なくありませんでした。事業者も手をこまねいていたわけではありません。外部デザイナーを招くなど様々な取り組みを続けていました。しかし、うまくいかない。それは当然です。「会社を経営する」という意識が乏しければ、成果が上がるはずがありません。私が入社する前の中川政七商店と同じですね。

 自社の改革の成功体験によって自信を得ていた私は、「工芸界を元気にするためには事業者の経営にまで手を突っ込むべきだ」と考えました。そして、2008年に工芸に特化した経営コンサルティング事業をスタートしたのです。

初のコンサル業務で冷や汗

 しかし、私にはコンサルティングの実績がありません。自社を変革した過程を記した書籍を出版するなどして、対外的な認知を高めることから始めました。初の著書が出た半年後にようやく、長崎県で波佐見焼を手掛けるマルヒロから依頼が来たのです。

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この記事はシリーズ「中川政七商店・中川政七会長の「不屈の路程」」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。