片道切符の覚悟で古巣のJR九州フードサービスに戻って4カ月で赤字からの脱却を達成。JR九州社長に就任後は日本初のクルーズトレイン「ななつ星in九州」に挑み、事業を軌道に乗せた。夢を語り、周囲を鼓舞し続けてきた鉄道マンは、九州全域を元気にする新たな夢に向かって走る。

唐池恒二[からいけ・こうじ]氏 JR九州相談役
唐池恒二[からいけ・こうじ]氏 JR九州相談役
1953年大阪府生まれ。77年京都大学法学部を卒業後、日本国有鉄道(国鉄)入社。87年の国鉄分割民営化に伴い、九州旅客鉄道(JR九州)入社。「ゆふいんの森」などの観光列車の運行、福岡~韓国・釜山間の高速船「ビートル」の開航、外食事業の立て直しに尽力。2009年から社長、14年から会長を務める。22年4月に相談役就任。(写真=林田 大輔)

 2000年3月のある日、田中浩二社長(当時)に呼ばれました。経営企画部長を務めて3年が過ぎようとしていたころです。「今、グループでどこが悪いのか」との問いに、「私が在籍していたJR九州フードサービスです」と答えました。同社は再び赤字を計上していました。その累積額が3年で3億円超に膨らんでいたのです。

 「じゃ君、そこに戻ってくれ」。田中社長は少し考えた後、私にそう告げました。戸惑いました。移転したばかりの本社に別れを告げ、古くて小さなビルに行くことになる。社長として6月にJR九州フードサービスに出戻った時は、「このまま本社に戻れないかも……」と沈んだものです。

 ただ落ち込んだのはつかの間、顔見知りたちが「お帰りなさい」と迎えてくれました。彼らとまた仕事ができる喜びで、「よーしやるぞ!」と力が湧いてきました。

質の落ちた現場にがくぜん

 しかし、改めて現場を見てがくぜんとしました。「ボリュームがあって安くてうまい」と評判だった焼鳥店は、パサパサで乾燥した肉を提供していた。経費削減のために東南アジアから安価な冷凍肉を仕入れていたのです。香辛料にこだわったカレー店もレトルトを使っていました。

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この記事はシリーズ「JR九州・唐池恒二氏の「不屈の路程」」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。