2009年に社長に就任して間もなく、九州を周遊する豪華寝台列車の開発を指示した。当初は「そんな列車なんてできない。夢物語だ」と反発する社員もいた。難色を示していた運輸部長と視察に訪れた韓国で“夢”が大きく動き出した。

唐池恒二[からいけ・こうじ]氏 JR九州相談役
唐池恒二[からいけ・こうじ]氏 JR九州相談役
1953年大阪府生まれ。77年京都大学法学部を卒業後、日本国有鉄道(国鉄)入社。87年の国鉄分割民営化に伴い、九州旅客鉄道(JR九州)入社。「ゆふいんの森」などの観光列車の運行、福岡~韓国・釜山間の高速船「ビートル」の開航、外食事業の立て直しに尽力。2009年から社長、14年から会長を務める。22年4月に相談役就任。(写真=林田 大輔)

 JR九州社長に就任した2009年6月。社長になって1週間ほどした頃です。鉄道事業本部の幹部を集めました。そして、これまで心に秘めていた構想を口にしました。「皆さん、九州に世界一立派な豪華寝台列車を走らせませんか」

 幹部たちの顔はきょとんとしていました。「こんなときに何を話しているのか」と言いたげな表情です。何せ2年後の11年春には九州新幹線の全線開業が控えていたのです。現場はその準備に大忙しでした。

 周囲の冷たい反応は想定内。それを無視して、こう問いかけました。「九州新幹線全線開業はJR九州発足以来の悲願。ようやく夢がかないます。しかし、それは夢がなくなるということでもあります。新幹線の次の夢を一緒に見ませんか」

 この構想は私が30代半ばだった時に、アイデアマンの知人から「九州で寝台列車を走らせたらヒットする」と言われたのがきっかけでした。まだ列車のスピードや効率性がもてはやされていた時代です。実現したら面白いけれども、現実的には無理だと当時は思っていました。

 その後、私は観光列車「D&S(デザイン&ストーリー)列車」の企画・開発に携わり、観光地を巡る列車そのものが目的になる時代が来たと手応えを感じていました。「今だ」と思い、幹部たちに投げかけたのです。

 車両や運行ダイヤをつくる運輸部や、新しい車両を企画する営業部には「そんなものは夢物語だ」と反対する人もいました。豪華寝台列車は投資額が約30億円に上る一方で、年間売上高が5億円前後と試算されていたのです。社外取締役のほとんどからも「事業として厳しいのでは」と反対されました。

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