債務の早期返済を求める銀行との交渉は長く、苦しいものだった。経営再建のめどがついた段階で父に代わって社長に就任。その直後に父が他界した。「徳を残そう」。再建の恩人が発した言葉がその後の経営の道しるべとなった。

川鍋一朗[かわなべ・いちろう]
川鍋一朗[かわなべ・いちろう]
1970年東京生まれ。幼稚舎から大学までを慶応義塾で過ごす。97年に米ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院でMBA(経営学修士号)を取得後、マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパンに入社。2000年に父が社長を務める日本交通に入社し、05年に社長就任。15年から現職。17年から全国ハイヤー・タクシー連合会の会長を務める。(写真=栗原 克己)

 1900億円を早く返済させたいメインバンクとの会議は毎週開かれました。彼らが繰り返し要求してきたのは、日本交通が保有する不動産などを即座に売却することです。しかし、その要求通りにはできません。彼らは返済さえ終わればいいのでしょうが、我々はその後も事業を続けていかなければなりません。売却はタイミングが重要です。タイミングを誤って貴重な資産を二束三文で売るわけにはいきませんでした。

 我々の債務は確かに大きかったのですが、元の計画に対して返済が滞ったわけではありません。銀行にはそれを主張し続けました。とはいえ、返済が進まなければ売却や解体を求められかねない立場でもあるので、全ての要請をはねつけるわけにもいきません。企業再建の第一人者である弁護士の清水直先生と二人三脚で、銀行の要請を100としたら60ぐらいを受け入れることを繰り返していきました。

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この記事はシリーズ「日本交通・川鍋一朗会長の「不屈の路程」」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。