「そんならなおさら……もう御歳57なんですから、そろそろお仕事から足を洗われても罰は当たらんとじゃなかとでしょうか」

 清子はいつのまにか、しゃべり方や物腰まで男勝りな母に似てきた気がする。

 「清子、お茶を入れてきてちょうだい」

 富樹子があわてて娘を台所に追いやった。今度は得能の血圧が上がってはたまらない。

 数日後、病み上がりで出勤した得能は局長室に次席の一川研三を呼んだ。

 「お身体の具合はもうよろしいのでしょうか」

 「ああ、心配するな」

 「栄養をよく摂られてご無理をなさらぬよう。滋養には肉や卵が良いと聞きます」

 (こいつも清子と同じことを言いおって)

 一川の心配そうな表情を見ると、急に老け込んだ気がした。たしかに体力にもまして気力が続かなくなっている。

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