「わしが着任したばかりの頃、工場職員の官吏の身分を召し上げて、日給払いの雇にする人事改革を断行した。これを本局の官吏にも適用するのだ。官吏という身分制度の遺風が残るようでは組織の一体感は醸成されぬからな」
「わかりました。その方向であらためて建議の準備を進めます」
得能の改革案は、国の財政状況に振り回されない独立自営の事業体を目指している。
得能は自らがいなくなった後の印刷局の存亡まで見据えている──。
そこまで考えが及ぶと、一川は胸が熱くなった。

明治14年2月、神功皇后の肖像の政府紙幣壱円札がついに発行され、世の中に出回り始めた。得能が療養中の熱海の湯治場に、一川は報告に出向いていた。
「ご静養の甲斐あって着実にご快復に向かわれているようにお見受け致し、まことに喜ばしいことでございます。本日は、無事に発行の運びとなりました新札をご覧いただきたく、お持ちした次第です」
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