紙漉き職人の加藤秀子に「日本女性の美」を見出したキヨッソーネは、デッサンを進め、神功皇后の肖像のイメージをつかむ。だが働きづめの生活がたたり、過労でたおれてしまう。見舞いに来た秀子と久しぶりに話したキヨッソーネは、これまでにない安らぎを感じていた。
ひとりで抱えてきたものを秀子に聞いてもらうことで、キヨッソーネは安心するのだろう。顔色はまだよくないが、ぎこちない笑みを浮かべた。
「……大変でらしたのですね」
(キヨッソーネが自分を頼ってくれている)
秀子はあふれてくる喜びを2人に気づかれないよう、持ってきた風呂敷包みを手元に引きよせた。
「……おはぎを……作ってみたんです。キヨッソーネさんの食欲が戻っているようならと思いまして……初めてですか」
包みから漆塗りの器を取り出し、綺麗に並んだおはぎを見せた。
「いえ、1年前、食べました。とても、美味しかった」
「お彼岸のおはぎか。いいねえ、ひとついただくよ」
好物だという成瀬がキヨッソーネより先に手を出した。
「私は、ワイン、たくさん、飲めない。甘いものは、たくさん、食べる」
「よかった。おはぎの餡に使っている小豆には邪気を払う力があるんです。お彼岸のように先祖を供養する際に食べるならわしがあります」
3人でおはぎを食べながら、ひとしきり場がなごんだところで、成瀬が隣に座る秀子に囁いた。
「せっかくだから、勉強の成果を試してみたら」
「ここでですか」
促された秀子は下を向いてためらっていたが、キヨッソーネに向き直るとフランス語でしゃべり始めた。

「お仕事が、とても忙しいです。身体が、疲れています。私は、とても心配です。無理を、しないでください」
キヨッソーネは彼女の口元をまじまじと見つめた。
「どうやって、フランス語を、学んだのですか」
秀子が自分と会話を交わすためにフランス語を学んでいる。キヨッソーネにはそのことが何よりもうれしかった。
「成瀬さんから、教本を、借りました。成瀬さん、教えてくれます。まだまだ、話せません……」
秀子はフランス語の単語を思い出しながら話し続けた。
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