前回までのあらすじ

 国産第一号となる国立銀行紙幣と、肖像画入り政府紙幣の仕様が固まった。内務卿・大久保利通に報告し、得能が安堵したのもつかの間、鹿児島で西郷隆盛が挙兵する。西南戦争にかかる膨大な軍費を賄うために、紙幣の緊急増産が始まった。

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 「ご報告いたします。本日、大蔵省より紙幣増産の指示が参りました」

 「やはり来たか。今度はどのくらい必要になるのだ」

 「精査をしておるところですが、2000万円くらいになるのではと」

 大蔵省からの指示で次席の一川が伝えたのは過酷な数字だった。

 「2月に受けた製造指示で作っておる銀行券が秋までに1000万円くらいになるはずだ。それでは到底足りぬということなのだな」

 軍事費を賄う紙幣の増産がまだまだ追いつかないということは、戦況はさらに拡大するということでもある。

 「大久保卿から直々に大隈卿にご指示があったそうです。今回は銀行券ではなく政府紙幣とし……1日も早く……」

 一川の声が掠(かす)れて聞き取りにくい。

 「政府紙幣だと」

 「はい、間違いありません」

 指示の内容に得能はうろたえた。国立銀行紙幣なら、米国から輸入してある半製品在庫が使える。銀行名と印章を印刷するだけだ。政府紙幣の明治通宝はドイツから輸入を停止したため回せる在庫がない。

 「ドンドルフ社から譲り受けた明治通宝の原版を使って表裏の印刷から始めなければなりません。用紙も一から抄造しなくては」

 「我々だけでそこまでできるのか」

 一川は下を向くばかりで言葉が継げない。工場も設備も完成している。しかし、まだ稼働の経験がないのである。

 「陸軍卿代理にあらせられる西郷従道閣下からは、9月までの軍事費として1245万円が必要であり、それを政府紙幣でとの要請がありました」

 「第十五国立銀行からの借入れを増やしても足りんのか」

 「今回の事変のために、銀行の発行する紙幣はすでに信用が失われているのだと」

 (そこまで追い込まれておるのか)

 得能も唇を噛んで黙り込んでしまった。

 明治通宝を用紙からすべて自分たちの手で製造する。職工たちには初めてのことで、キヨッソーネの技術指導を仰がねばなるまい。新しい国立銀行紙幣の製造開始も遅れるが、肖像彫刻に時間のかかる政府紙幣を今年中に製造することなどおよそ無理だ。ようやく手の届きかけた紙幣国産化が遠ざかっていく。