前回までのあらすじ

 紙幣の偽造に悩まされ続けてきた明治政府。そのトップとなった大久保利通は、維新の盟友・得能良介に紙幣の国産化を成し遂げてほしいと懇願する。通貨の信用を築くこの仕事を天命とも感じた得能は、50歳にして大蔵省紙幣頭の座に就いた。

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 「こげん無責任な仕事があるか」

 明治7年1月、紙幣頭(しへいのかみ)に着任早々、作業現場を視察した得能はどうにもこらえられず、不満をぶちまけた。紙幣寮は神田橋御門内の旧鹿児島藩邸を使っており、その一角に細々と作業場が置かれていた。

 そこでは外部から雇われた職工たちがドイツから輸入された紙幣の受け入れ検査を行い、「明治通宝」という題字を刷り込み、大蔵卿の印などを押して完成させる作業を行っていた。紙幣を国外で完成させてしまうと、日本への輸送中に盗難にあったり紛失させた場合にそのまま使われてしまうため、最終工程だけは紙幣寮で仕上げることが必要となるのである。

 紙幣寮は紙幣や公債の発行に関する企画立案を行う行政官庁として設立され、銀行の設立認可や検査監督の業務まで所掌している。しかし、紙幣に関する検査や押印などの作業を担うだけの要員は抱えていないため、作業場ではもっぱら外部委託先から派遣された職工に頼っていたのである。

 案内役に先導された得能は、作業区域ごとの仕上げの工程を経て紙幣が完成されていくさまを見守っていた。旧鹿児島藩邸の手狭な作業場は職工たちの掛け声が飛び交い、器具のぶつかり合う音が響き、冬なのに熱気が籠もっている。その様子をじっと眺めていた得能は、場内の中央付近を手持ち無沙汰な風情で行ったり来たりしている1人の男に目をとめた。職工たちが名札を縫いつけた揃いの作業服を着ているのに対し、ネルのシャツに吊りズボンという出で立ちで、紙幣寮の官員であることが一目でわかった。作業を監視する役割のようだが、誰と言葉を交わすこともなく、両手を後ろに組んで悠然と歩き回っている。

 黙っていられなくなった得能は、その官員を呼びつけると職工の1人を指さして訊ねた。

 「ちょっと聞くが、あの者は1日でどのくらいの作業をこなし、それに対する賃金はどのくらいもらっておるのか」

 「恐れ入りますが、職工をどのように集めてどのように働かせるかにつきましては、作業全体を請け負っております第一国立銀行の方ですべて決めております。私は作業の総計や賃金の総額についての報告は受けていますが、細かいことはわかりかねますので、銀行から来ている名代人にお尋ね願います」

 (なんだと、自分は関係ないような顔をしおって。御側御用人(おそばごようにん)時代にこげんいい加減な部下がいようもんなら即刻どやしつけちょるわい)

 苛立ちを辛うじて呑み込むと、銀行から派遣されている現場監督である名代人を呼んで質問する。こちらも洋服に七三分けの髪型と今風の身なりである。

 「ここでの作業は君たちが管理しているのか」

 「そうではございません。弊社は紙幣寮のご下命に従い、職工を募集し、官吏の方々の指揮を受けながら作業に従事させているだけでございます。職工たちの万一の不正により製品の紛失などがあれば弁償する責任を負っておりますが、作業の管理といったことには弊社は関与しておりません」