半白を過ぎたらば

 小川と金井のほかにタスクフォースに参加した2人のうち1人は電子データ配送事業のイーパーセル(東京・千代田)で社長を務める北野譲治。17年に米グーグルや米ベライゾン・コミュニケーションズと基本特許をめぐって争い、粘り強く勝訴にこぎ着けた、ITの知的財産権に詳しい経営者だ。歴代総理の指南役ともされる故・四元義隆を生涯の師として仰ぎ、この関係もあってか今でも政治家や官僚、大学教授、財界の重鎮、宗教家などと幅広い交友関係を持つ。

 北野と小川の付き合いはその中でも最も古く、40年前に遡る。2人は岡山にある県立岡山朝日高校に通い、同じ通学路を自転車で並走していた。

 北野の見るところ、小川には当時から没頭癖があった。唐突に「譲治、アインシュタインは何か機械を作りたいから、相対性理論を言っていたわけじゃないんだよ」などと話しかけてきたかと思えば、返答も待たず、また黙々と本を読み始める。

 その姿は今も変わらない。タスクフォースの会議の席上で、北野は小川が検体分析の意義について興奮しながら2時間はしゃべり続けるのを見た。

 北野は今59歳。すでに事業は安定している。「半白(50歳)を過ぎたらば、誰もやらないが自分にしかできない仕事、公に尽くす仕事をやろう」と決めていた。そんな北野の眼前に、爛々(らんらん)と目を輝かせて説きに説く同級生がいる。

 「自分たちでファクターXの有無を探ろう」

 北野はその趣意に賛同し、タスクフォースに参加して自らの人脈を総動員することに決めた。

<span class="fontBold">北野譲治のオフィスには故・四元義隆が揮毫(ごう)した書が飾られている</span>(写真=的野 弘路)
北野譲治のオフィスには故・四元義隆が揮毫(ごう)した書が飾られている(写真=的野 弘路)

 金井が所属する慶応義塾大学関係の病院だけでは十分な数の検体を集められない。収集のネットワークを作れたとしても、運営する資金がない。

 北野は同時に日本赤十字社や国立病院機構のトップなどと精力的に会い、両医療機関の協力を取り付けた。ほか、小川と共同研究を進めていた東京医科歯科大学、小川の後輩が在籍する大阪大学の協力も得られることになり、国際的に認められる論文を執筆する上で必要最小限とされる3000人規模の検体が集められるめどが立った。

 金策にも走った。企業からの寄付を頼めないか各財界人を行脚しつつ、20年4月、金井に同行して予算の陳情に厚生労働省を訪ねている。

 「1ついけそうな予算があります」

 担当者は資料をひっくり返して探してくれた。4月上旬から応募の始まった日本医療研究開発機構(AMED)のワクチン関連研究予算、最大5000万円だ。ただ、と前置きして担当者は言う。

 「応募者が多く、先生たちのチームは出遅れたかもしれません。難しいかもしれない」

 検体の収集・保存・分析に加えて提供者への謝礼にも費用を要するため3億円は必要で、5000万円では足りていない。しかも、それすら出ないかもしれない。

 金井は打ちひしがれたが、ビジネス感覚があり官僚組織との付き合いが長い北野は違った。

 「あれは脈がある」

 厚労省の担当者が小川と旧知の仲と知った北野は、小川にサポートを依頼。小川から電話すると、「一つ私も頑張ります」と担当者は応じて奔走した。結果、タスクフォースの意義が認められて2億5000万円の予算が下りている。

 病院やそこで働く医師たちとの連携が作られ、プロジェクトを回すための最低限の資金も得られた。だが、プロジェクトにはまだ越えなければならない壁がいくつもあった。次回はその一つを越えた医師について書く。その男は、太平洋のはるか、米国・国立衛生研究所(NIH)にいた。

=以下次号、敬称略

→第1回:コロナ重症化因子解明の鍵、冷蔵された患者5000人分の血液
→第2回:過酷なコロナ臨床最前線、立ち上がった500人の医師
→第3回:スパコンが解くパズル、コロナ重症化を招く遺伝子の特徴が見えてきた
→最終回:「主役なき物語」は続く…感染症に関するアジア最大のバイオバンクへ

日経ビジネス2021年12月27日・2022年1月3日号 108~111ページより目次
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