極細モヘア糸など独自開発した繊維で欧米のブランドに知れ渡るようになった。ニット製品もテレビ通販を通して人気に火が付き、百貨店に直営店を出すまでに成長した。しかし、今度は新型コロナウイルスが経営に暗い影を落とした。

<span class="fontBold">佐藤正樹 [さとう・まさき]氏</span><br>1966年山形県生まれ。日本大学山形高校から文化服装学院に進学し、卒業後アパレル会社に就職。92年に佐藤繊維に入社し、2005年に4代目社長に就任した。天然素材から作る独自の糸の開発やニット製品のブランド化に成功し、国内外の高級ブランドと取引する。日本ニット工業組合連合会の理事長や寒河江市観光物産協会の会長を歴任。(写真=向田 幸二)
佐藤正樹 [さとう・まさき]氏
1966年山形県生まれ。日本大学山形高校から文化服装学院に進学し、卒業後アパレル会社に就職。92年に佐藤繊維に入社し、2005年に4代目社長に就任した。天然素材から作る独自の糸の開発やニット製品のブランド化に成功し、国内外の高級ブランドと取引する。日本ニット工業組合連合会の理事長や寒河江市観光物産協会の会長を歴任。(写真=向田 幸二)

 米オバマ元大統領のミシェル夫人は、2009年12月のノーベル賞授賞式でも極細モヘア糸「Fuuga(風雅)」を使ったカーディガンを着てくれました。会社はリーマン・ショックで経営の危機にひんしましたが、それでもニナリッチやシャネルなどのブランドに我々の価値を認めてもらったことで、徐々に利益を取り戻していきました。世界最大の繊維見本市「ピッティ・フィラーティ展」の常連になり、10年代は欧米の高級アパレルブランドとの取引がどんどん増えていきました。

 自社ブランド「M.&KYOKO」で展開するセーターなどのニット製品も、テレビ通販番組「ショップチャンネル」などを通じて知名度が高まっていきました。私は自ら出演し、糸の魅力からブランドに込めた情熱まで説明します。金髪ロン毛に個性的なしゃべり口調ですから、いやが応でも目立ちますよね。出演するごとに反響が高まり、番組から「カリスマゲスト」の称号まで頂きました。

百貨店の臨時休業に青ざめる

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この記事はシリーズ「佐藤繊維・佐藤正樹社長の「不屈の路程」」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。