「一度工場を見に来ないか」。イタリアの繊維メーカーから願ってもない誘いが来た。訪れたフィレンツェで目にした「自分たちがアパレル業界を引っ張っている」という強烈な自負心。刺激を受けて独自の糸の開発に乗り出したが、顧客からの返品の山を築くことになった。

<span class="fontBold">佐藤正樹 [さとう・まさき]氏</span><br />1966年山形県生まれ。日本大学山形高校から文化服装学院に進学し、卒業後アパレル会社に就職。92年に佐藤繊維に入社し、2005年に4代目社長に就任した。天然素材から作る独自の糸の開発やニット製品のブランド化に成功し、国内外の高級ブランドと取引する。日本ニット工業組合連合会の理事長や寒河江市観光物産協会の会長を歴任。(写真=向田 幸二)
佐藤正樹 [さとう・まさき]氏
1966年山形県生まれ。日本大学山形高校から文化服装学院に進学し、卒業後アパレル会社に就職。92年に佐藤繊維に入社し、2005年に4代目社長に就任した。天然素材から作る独自の糸の開発やニット製品のブランド化に成功し、国内外の高級ブランドと取引する。日本ニット工業組合連合会の理事長や寒河江市観光物産協会の会長を歴任。(写真=向田 幸二)

 1997年、東京のとあるショップでたまたま手にとったセーター。色合いといい、撚(よ)り方といい、とても風変わりな糸なんだけど、個性的で面白い。何かひらめいたような気がしました。さっそく山形・寒河江に持ち帰って「こんな糸を作ってほしいんだけど」と技術者たちに持ちかけたんですが、「こんなのできっこない」と相手にしてくれません。

 仕方がないので、そのセーターの糸を作っていたイタリアの企業に糸を注文し、送ってもらいました。そうしたら「一度工場を見に来ないか」というお誘いが。願ってもない幸運です。私は単身フィレンツェに飛びました。

 訪れたのは新進気鋭の繊維メーカーです。工場内も活気にあふれていました。そのメーカーの名前は残念ながら明かせません。

 この地に導かれるきっかけとなったあの独創的な糸を紡いでいる様子も見せてもらいました。「一体どうやって作っているんですか。こんな機械は売っていませんよね」と工場長に聞くと、意外な答えが返ってきました。「自分たちが作りたい糸を紡げるように機械を改良した」というのです。

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