グループのトップに就いて早々に突き付けられた、地方の公共交通を取り巻く厳しい現実。知恵を絞り、やれることはやり尽くした。それでも乗客減少の流れは止められなかった。そんな時に知った世界の常識。「公共交通を次代に引き継ぐ」という使命感でひた走った。

<span class="fontBold">小嶋光信 [こじま・みつのぶ]氏<br />両備ホールディングス会長</span><br />1945年東京生まれ。慶応義塾大学経済学部卒。三井銀行(現・三井住友銀行)を経て、73年に義父が経営する両備運輸に入社。99年に両備バスの社長に就任し、両備グループ代表に。2007年両備ホールディングス社長、11年から会長。和歌山電鐵や中国バスなどの再建を手掛けたほか、地方公共交通の存続に向けた法整備にも尽力してきた。(写真=菅野 勝男)
小嶋光信 [こじま・みつのぶ]氏
両備ホールディングス会長

1945年東京生まれ。慶応義塾大学経済学部卒。三井銀行(現・三井住友銀行)を経て、73年に義父が経営する両備運輸に入社。99年に両備バスの社長に就任し、両備グループ代表に。2007年両備ホールディングス社長、11年から会長。和歌山電鐵や中国バスなどの再建を手掛けたほか、地方公共交通の存続に向けた法整備にも尽力してきた。(写真=菅野 勝男)

 両備グループを率いる立場になった1999年、あらためて公共交通の事業環境を分析してみました。その結果には驚きました。今後10年のうちに両備グループが大赤字に転落してしまうという結論だったのです。

 自家用車の普及や地域人口の減少により、路線バスの乗客が毎年2~3%減る状況が数十年にわたって続いていました。そんな中でも、路線バスや路面電車、フェリーといった公共交通事業を何とか補助金なしの自主自立で黒字経営にし続けてきた。それが我々の誇りでした。ところが、創業100周年である2010年を無事に迎えることは難しいという厳しい現実を突き付けられました。さらに00年と02年には新規参入を促す規制緩和も断行され、私のトップとしての船出は嵐の中となりました。

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この記事はシリーズ「両備HD・小嶋光信会長の「不屈の路程」」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。