この記事は日経ビジネス電子版に『マニフェスト選挙を疑え:2021年総選挙の計量政治学』(12月8日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』12月27日号に掲載するものです。

マニフェスト選挙が日本に定着して18年。有権者はマニフェストの内容に基づいて政党を選んでいるのだろうか。米国で活躍する政治学者が、マーケティングで使われる統計分析手法「コンジョイント分析」で解明を試みた。

堀内勇作[Yusaku Horiuchi]
米ダートマス大学 政治学部教授
シンガポール国立大学助教授、オーストラリア国立大学准教授などを経て2016年から現職。1991年慶応義塾大学経済学部卒業。95年米エール大学経済学修士、2001年米マサチューセッツ工科大学(MIT)政治学博士(Ph.D.)。専門は比較政治学、計量政治学。

 マニフェストといえば、総選挙(衆院選挙)、総選挙といえば、マニフェスト。各政党がつくり、選挙の前に配布する政権公約集のことだ。用語は、有権者の間で広く認知されつつあると思われる。

 だがマニフェストは、日本の政治をより良くすることに役立ってきたのか。選挙の結果は各党が作成するマニフェストに対する支持・不支持を反映しているのか。

 日本の総選挙で各政党が初めてマニフェストを作成・配布したのは2003年11月だ。それ以前は、枚数、サイズなど厳密に規定されたビラ以外、政党が政策資料を作成して頒布することすら禁止されていた。それから18年、マニフェスト選挙元年に生まれた赤ちゃんの多くは、21年10月31日の総選挙で初めて投票できる年齢に育った。その間、日本の政治も育ったのだろうか。

 自民党を中心とした連立政権の後、09年の総選挙で民主党(当時)が圧勝した際は、「米国や英国のように、二大政党が政策をベースに議席を競う民主主義が、ついに日本にも誕生した」とメディアは沸き立った。

 しかしそれもつかの間、12年以降は自民党による圧勝が続く。公明党の議席を含めると3分の2前後の議席を獲得することが珍しくなくなった。10月31日に投開票された今回の総選挙の自民党の議席数が少なく感じるほど、自民党は勝ち続けている。

 マニフェスト選挙が定着した上での自民党圧勝は何を意味するのか。勝った政党(ほとんどの場合、自民党)は、政権公約が支持されたと解釈し、メディアも「民意が選んだ」政党と書く。しかし日本の有権者は本当にマニフェストに基づいて政党を選択しているのか。

コンジョイント分析とは何か

 客観的なデータと科学的な方法に基づきこの疑問を解明するため、筆者は2014年、17年、21年と3回の総選挙で、若手政治学者たちとコンジョイント分析と呼ばれる手法を用いた調査をしてきた。この研究チームのメンバーは、米マサチューセッツ工科大学(MIT)の山本鉄平准教授、米コロンビア大学のダニエル・M・スミス客員准教授、米スタンフォード大学の栗脇志郎氏、そして米ハーバード大学の江島舟星氏だ。

 コンジョイント分析はもともとマーケティングの領域で使われてきた。実例で説明しよう。ある日筆者は、ジョギング中に装着できるヘッドホンを買いに大手家電量販店に足を運んだ。売り場へ行くと数えきれないほどのヘッドホンがあるが、選びたいのは1つ。いくつかの「属性」が、選択に関係ありそうだ。値段、ブランド、ワイヤレスか否か、ノイズキャンセル機能があるか否か……。このように消費者は様々な「属性」を「総合的に」勘案した上で選択する。

 売る側からすると、どのような「属性」が消費者にとって重要で、属性ごとの選択肢(例:色の場合、黒、白、青、赤、など)のそれぞれが選択にどう影響を与えているか知りたいはずだ。その解明に適した手法がコンジョイント分析である。

 政治学ではチームの主要メンバー、MITの山本氏らが、最新の統計理論に基づき改良したコンジョイント分析の手法とプログラムを17年に発表した。以降コンジョイント分析は政治学で広く用いられている。過程で有権者は、様々な「属性」の候補者あるいは政党を「総合的に」考慮した上1つ選ぶ。選挙における選択行動は、ヘッドホンを1つ選ぶ消費者行動と基本的に同じだ。

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