この記事は日経ビジネス電子版に『米中対立でサプライチェーン危機が深刻化、いま日本がすべきこと』(11月19日)『新浪剛史氏「世界でデカップリングは起きていない」』(11月25日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』12月13日号に掲載するものです。
サプライチェーン危機の懸念が世界を覆う。だが米ハーバード大学のクリスティーナ・デイビス日米関係プログラム所長とサントリーホールディングスの新浪剛史社長は「デカップリングは起きていない」と見る。企業の取るべき道は。
米ハーバード大学日米関係プログラム所長

米プリンストン大学大学院教授を経て18年ハーバード大学政治学部教授、20年から現職。専門は国際貿易の政治学、東アジアと日本の外交政策。著書『Why Adjudicate? Enforcing Trade Rules in the WTO』(Princeton University Press)でInternational Law Best Book Award、および大平正芳記念賞受賞。
サントリーホールディングス社長

2002年にローソン社長CEO(最高経営責任者)。14年5月に会長に退き、10月にサントリーHDの創業家出身者以外で初となる5代目社長に就任。18年5月から日本経済団体連合会審議員会副議長、20年6月から経済同友会副代表幹事、21年7月から米日カウンシル評議員会副会長を務める。(写真=北山 宏一)
経済産業研究所副所長

経済協力開発機構(OECD)日本政府代表部参事官、内閣官房TPP政府対策本部内閣参事官、経済産業省通商機構部長、大臣官房審議官(通商政策局担当)などを経て2020年から現職。21年から東京大学公共政策大学院客員教授、および順天堂大学大学院データサイエンスコース客員教授。
日経ビジネスLIVEは10月5~7日の3日間、大規模ウェビナー「The Future of Management 2030:資本主義の再構築とイノベーション再興」を開催し、2030年の未来を展望する議論を展開した。7日の特別パネル討論「米中対立と世界のサプライチェーン危機」は、米ハーバード大学日米関係プログラム所長のクリスティーナ・デイビス氏、サントリーホールディングス社長の新浪剛史氏、モデレーターとして経済産業研究所副所長の渡辺哲也氏が登壇。米中対立が世界のサプライチェーンにもたらす危機や必要な備えを討論した。
渡辺哲也氏(経済産業研究所副所長、以下渡辺氏):本セッションは米中対立とサプライチェーン危機がテーマです。まずクリスティーナ・デイビス米ハーバード大学日米関係プログラム所長が米中対立関係が世界に与える影響について講義します。
資本主義、中国型か米国型か
クリスティーナ・デイビス氏(米ハーバード大学日米関係プログラム所長、以下デイビス氏):世界経済は危機的な状況です。国や企業がグローバルなサプライチェーンに依存する中、不確実な中で舵(かじ)取りするうえで、まず東アジアの経済成長という過去の成功を振り返ってみましょう。グローバルなサプライチェーンに依存してきた事情が隠れているからです。
日本は明治時代、そして第2次世界大戦を経て工業化を成し遂げ、経済大国になりました。トヨタ自動車などの世界的大企業を生んだ日本の実績は、企業や社会など組織の新しいあり方、輸出主導の工業化という新たな可能性を世界に示しました。このモデルを採用して成功したのが韓国や東南アジア、そして国家主導に形を変えつつ日本を参考にした中国といえます。
日本や東アジア諸国の経済発展は貿易に依存しました。貿易は、国内に勝者と敗者を生みます。政治による敗者への手助けが不十分だと国民からの不満や反動が出ます。米国などでオープンな市場に疑問の声が出るのもこのためです。1980年代に激しい日米貿易摩擦が起きた際は各国が多国間貿易への関与を強め、様々なルールで対立解消に尽力しました。
ただ現在のように、経済モデルが異なる国との対立解消は困難を極めます。国有企業に特権を与える中国の国家主導型資本主義は、米国の資本主義と相反します。日米貿易摩擦では両国が民主主義的な価値観を共有し、緊密な同盟関係で緊張緩和につなげましたが、米中は安全保障上のライバルで政治体制も異なります。
2021年の世界経済は、1980年代とは様変わりしました。共産主義の崩壊と冷戦終結による自由市場型の資本主義の台頭、貨物輸送の低コスト化やインターネットの普及による在庫管理・輸送の効率化、貿易・投資障壁の減少などで、世界経済は国際的なバリューチェーンに一層依存しています。しかし新型コロナウイルスの流行で相互依存が脅かされています。コロナ禍の輸送網の停滞で需給バランスが崩れ、タイムリーに納入できなかった商品在庫が深刻な問題になりました。
懸念はパンデミック(世界的大流行)だけではありません。各国は、他国が半導体など重要製品・部品の供給を調整し優位に立とうとするのでは、と不信感を募らせています。重要製品が信頼できない相手に渡るのを防ぐため、デュアルユース(軍民両用)物品の貿易が制限されています。新たな衝突や権力争いの始まりです。しかも、(一方が勝ち、一方が負ける)ゼロサム思考の経済政策で悪化しています。中国は米国の輸出品に20%の関税をかけ、米国の中国製品への関税も同じ水準です。
中国の全輸出品に占める米関税対象品は66%と大きい。米国の輸出品のうち58%が中国による関税の対象で、この割合は変化していません。米中貿易協議の第1段階の合意は関税の引き上げ競争を止めただけで、税率を下げるには至りませんでした。
民間の政策監視機関グローバル・トレード・アラートによると、自由貿易に有害な干渉行為の件数は2020年に急増し、21年も増加する見込みです。1930年代のような近隣窮乏化政策(他国の犠牲の上に自国の経済状態を改善すること)への不安が広がります。各国が信頼し合い、自由市場の相互メリットを信じれば、保護主義を制限する方向に向かいます。2008年の世界金融危機では、欧米や日中が保護主義の拡大に反対し、各国は合意形成を進めました。
Powered by リゾーム?