この記事は日経ビジネス電子版に『【動画配信】セイラー教授(上)コロナ禍、気候変動に使える「最先端のナッジ」とは』(10月21日)、『セイラー教授(下)行動変容の鍵は「信頼」日本人は「ナッジ」を警戒!?』(10月22日)として配信した2本の記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』11月1日号に掲載するものです。

本誌は10月5~7日の3日間、オンラインセミナー「The Future of Management 2030:資本主義の再構築とイノベーション再興」を開催。ノーベル賞経済学者リチャード・セイラー教授が登壇した対談を再録する。

小林庸平[Yohei Kobayashi]
経済産業研究所(RIETI)コンサルティングフェロー
一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了、博士(経済学)。経済産業省経済産業政策局産業構造課課長補佐、経済産業研究所(RIETI)研究員などを経て、三菱UFJリサーチ&コンサルティング主任研究員と現職を兼務。
リチャード・セイラー[Richard Thaler]
米シカゴ大学経営大学院教授
1945年米ニュージャージー州生まれ。74年米ロチェスター大学で博士号取得(Ph.D)。米コーネル大学、米マサチューセッツ工科大学(MIT)経営大学院などを経て95年から現職。行動経済学の研究で、2017年にノーベル経済学賞を受賞した。(写真=陶山 勉)

 10月5日の日経ビジネスLIVE「最終決定版!『ナッジ』の行動経済学」では、行動経済学の権威であり、2017年にノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー教授と、経済産業研究所コンサルティングフェローの小林庸平氏が登壇。人の行動をうまくいく方向にそっと促す「ナッジ」について対談した。

広野彩子(日経ビジネス副編集長、以下広野):ノーベル賞経済学者、リチャード・セイラー教授の提唱した「ナッジ」。解説は、地方自治体の施策にナッジを応用する活動に取り組む経済産業研究所コンサルティングフェローの小林庸平さんです。「ナッジ」とはそもそも何ですか?

初期設定が変える「選択」

小林庸平(経済産業研究所コンサルティングフェロー、以下小林氏):ナッジとは、直訳すると「肘で軽くつつく」「そっと後押しする」という意味です。セイラー教授は著書で「経済的なインセンティブを大きく変えることなく、予測可能な形で人の行動変容を促すこと」と定義します。

 具体的には電力契約時の再生可能エネルギーの設定が挙げられます。1つ目は、契約者が電力を選ぶ際に再生可能エネルギーに「オプトイン」する形式、つまり何も選択しなかったらグリーンエネルギーが使われない設定です。もう一つは「オプトアウト」、つまり特に意思決定をしなければ再生可能エネルギーがデフォルト(初期設定)で選択される形式です(図1)。チェックを外したり付けたりすることで自由に電力を選べますが、デフォルトを変えることで再生可能エネルギー選択の割合が変わってきます。

ナッジ(Nudge)とは?
●図1 ナッジの具体例
<span class="fontSizeL">ナッジ(Nudge)とは?</span><br /><span class="fontSizeS">●図1 ナッジの具体例</span>
出所:Ebeling and Lotz(2015)“Domestic Uptake of Green Energy Promoted by Opt-Out Tariffs” Nature Climate Change 5:868-871

 「オプトイン」では7%しか再生可能エネルギーを選択しないのに、「オプトアウト」(デフォルトが再生可能エネルギー)の場合は、7割近い人が選ぶそうです。セイラー教授の最新の著書は、ナッジで人の行動が変わる事例が数多く紹介されています。