ビッグデータやデータサイエンスによる意思決定が花盛り。米エール大学の気鋭の経済学者とファッションEC(電子商取引)サイトを運営するZOZOが組み、マーケティングの落とし穴「リーセンシ―トラップ」をAIで避ける方法を実践した。

上武康亮[Kosuke Uetake]
米エール大学経営大学院マーケティング学科准教授
2005年東京大学経済学部卒業、同修士課程修了を経て13年、米ノースウエスタン大学で経済学の博士号を取得(Ph. D.)。専門は計量マーケティング、実証産業組織論、ビッグデータと経済モデルに基づいた消費者行動分析、マーケティング施策分析、政策効果分析。米IBM、JR東日本、ZOZOなど日米の企業との共同研究多数。13年米エール大学経営大学院助教授に就任、18年から現職。

 「ビッグデータ」や「データサイエンス」といったデータに基づく意思決定がビジネスに浸透し、データ駆動型のAIマーケティングが多くの企業で実践されるようになってきた。有名なところでは、例えば米ネットフリックスや米アマゾン・ドット・コムの推薦エンジン、あるいは米メタや米アルファベットのグーグルによるオンライン広告の配信などがよく知られているであろう。

 しかし、マーケティングにおいて最も重要なトピックの一つである顧客関係管理(Customer Relationship Management:CRM)について、データと理論に基づいて実施されている例は、あまり知られていない。

 CRMにおいて鍵になるのが、どのようにリテンション(定着)を高めるのかという問題だ。計量マーケティングが専門の経済学者である筆者はこれまで、日米の様々な企業とCRMに関する共同研究に携わってきた。今回は、「ビッグデータによるリテンション改善」というCRM施策の例として、日本最大級のファッションEC(電子商取引)サイト「ZOZOTOWN(ゾゾタウン)」を運営するZOZOとの共同研究(Ryuya Ko, Kosuke Uetake, Kohei Yata, and Ryosuke Okada [2022] “When to Target Customers? Retention Management using Dynamic Off-Policy Policy Learning”)を紹介したい。

 ゾゾタウンは年間購買者数1000万人以上を抱えるオンラインプラットフォームであるが、初回購買者のリテンションを改善することが、当時重要な事業課題の一つになっていた。このリテンションの改善は、ゾゾタウンのようなビジネスにとって重要であるだけでなく、筆者のようなアカデミア(学問の世界)の研究者にとっても重要な問題である。

 米顧客管理システム開発会社セールスフォースのまとめなどによると、リテンションは新規顧客獲得に比べてコストが掛からず、かつ将来の利得を大きく向上できるといわれる。従来のリテンション施策の多くは、機械学習などの予測モデルにより、顧客行動や属性データを基に、どの顧客がリテンションしやすいかを予測し、予測確率の低い顧客に対してクーポンなどを送るといった方法がとられていた。

次ページ リテンション策に限界