ペロシ米下院議長の台湾訪問に中国が反発、米中関係の緊張が高まった。中国の「外交的抗議」が台湾の世論にもたらす影響を、「ラリー現象」という国際政治学の視点で分析した。

籠谷公司[Koji Kagotani]
大阪経済大学 経済学部准教授
1975年生まれ。ダブリン大学トリニティ・カレッジ(TCD)講師、同助教授、大阪経済大学講師などを経て2016年から現職。1999年関西学院大学法学部卒業。2001年関西学院大学総合政策修士、10年米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)政治学博士(Ph.D.)。専門は国際関係論、数理政治学、計量政治学。学術誌International Relations of the Asia-Pacific誌の編集委員も務める。

 社会科学の研究領域では、経済学、経営学にとどまらず計量分析の手法が幅広く応用されており、政治分野も例外ではない。根拠に基づく興味深い研究が次々と発表されている。国際関係論の研究者、大阪経済大学の籠谷公司准教授はこのほど共同研究の査読論文を発表し、米国の実務家向け外交専門誌「The Diplomat」にその解説が掲載された。籠谷准教授らの、中国の抗議活動が台湾の世論にもたらす効果の社会実験調査が示唆する、中台関係の今後とはどのようなものか。

 国際関係論の研究課題の中に、ラリー現象(rally-‘round-the-flag phenomenon)というものがある。

 ラリー現象とは、軍事的行動や経済制裁といった対外的な脅威が標的国内で愛国心を喚起し、国民による政治リーダーや対外政策への支持が増加することを指す。この現象の存在は、多くの研究によって確認されてきた。

 外交的抗議は軍事的行動や経済制裁とは異なり、標的国民に対して物理的な損害を与えない。しかし、安全保障政策が顕著な争点である限り、外国からの否定的な声明でさえも標的国民の間に愛国心を引き起こすことは十分に可能となる。

 2022年8月2日、ナンシー・ペロシ米下院議長が台湾を訪問した。中国はペロシ氏の訪台を抑止するために外交的抗議を繰り返し、訪台直後には台湾周辺の海上封鎖を想定する軍事演習を行い台湾海峡の緊張を激化させた。

 ペロシ氏の訪台の政治的な目的は、中国の一国二制度に関する方針転換や、ロシアのウクライナ侵攻の対応に追われる中で、中国による台湾侵攻が勃発することへの抑止にあった。つまりペロシ氏の訪台は、中国から台湾への脅威が拡大することへの反応として捉えることができる。しかしながら、中国は必要以上の怒りを示し、自身の行動の政治的帰結を理解していないようである。

 中国からの外交的抗議は台湾の世論をいかに変化させるのであろうか。

世界に影響を及ぼしたナンシー・ペロシ米下院議長(左)の台湾訪問(写真=AFP/アフロ)
世界に影響を及ぼしたナンシー・ペロシ米下院議長(左)の台湾訪問(写真=AFP/アフロ)

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