この記事は日経ビジネス電子版に『行動経済学で考える「省エネ、外出自粛……行動抑制を促す罰則を導入すべきか?」』(6月17日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』7月11日号に掲載するものです。

利己的か、協力的かが社会課題の原因となる「社会的ジレンマ」。罰則も1つの選択肢だ。行動経済学に基づく最新の知見から、「皆で決めた罰則」なら効果的になり得る、ということが分かった。

亀井 憲樹[Kenju Kamei]
慶応義塾大学経済学部教授
2000年東京大学工学部卒業、02年東京大学大学院工学系研究科修了、11年に米ブラウン大学から経済学の博士号(Ph.D.)を取得。経済産業省、米ボーリング・グリーン州立大学経済学部助教授、英ダラム大学ビジネススクール准教授(経済学)・実験研究センター長などを経て22年から慶応義塾大学経済学部教授。専門は実験・行動経済学、ビジネス経済学、公共経済学。研究成果はThe Economic Journal、Management Scienceなど国際ジャーナルに多数公刊。

 人々を取り巻く社会課題の多くは、経済学で議論されている「社会的ジレンマ」という概念で説明ができる。社会的ジレンマとは、人々が互いに協力をすれば皆が幸せになる一方、個々人にとっては利己的に行動することが最もお得になるといった状況のことである。

 人々のエネルギー契約行動、例えば電力会社との契約時に、環境に優しいが値段の高い再生可能エネルギーを進んで選択するかどうかは環境問題に関するジレンマである。

 また、新型コロナウイルス禍における政府の自粛要請発令時に、他の人への感染等を防ぐために外出を控えるなどの行動自制や、集団免疫達成に貢献するワクチンを接種するかどうかもジレンマの一例と考えられる。「個人」の意思決定のみならず、「国」レベルの行動、例えば気候変動に対する国際協調への対応も、国を意思決定主体とみた場合のグローバルなスケールでのジレンマと捉えることができる。

 これらの例について、2017年にノーベル経済学賞を受賞した、米シカゴ大学経営大学院のリチャード・セイラー教授が、21年10月5日に開催された日経ビジネスLIVEのなかでちょうど議論していた。「ナッジ」がその解決に有効である一方で、ナッジなどインフォーマルな方法で解決できない場合は、行動規制や罰則が必要ではないかと指摘したのである。

 本稿では、社会的ジレンマが深刻な場合には、一定割合の人々は正式な罰則制度の導入を好む、と示した筆者の研究を紹介する。併せて、罰則制度が導入される際の民主主義が果たす役割も議論する。セイラー教授は、前述のウェビナーで、ジレンマ解決には社会への「信頼」も重要であり、人々が政治に関与できる民主主義が鍵だと言及している。

 社会的ジレンマの下で人々がどのように行動するかについて、現実の設定でデータを収集することは極めて困難である。全ての人から偏りなくデータを収集できなければ、選択バイアスが発生する可能性があるからだ。また、現実の人々の意思決定環境は多次元にわたっており、人々の選好や協力行動をノイズが少ない形で計測・収集することは難しい。

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