この記事は日経ビジネス電子版に『野中郁次郎教授「強靱な国・社会をつくる『実践知のリーダーシップ』」』(1月31日)『「ダイナミック・ケーパビリティーのない経営者は負ける」デビッド・ティース教授』(2月1日)『「高齢経営者でもアニマルスピリットを持てるのか?」ティース教授&野中教授』(2月2日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』6月27日号に掲載するものです。

提唱者、デビッド・ティース教授は、不確実な環境下では経営者のダイナミックケーパビリティーが必要と断言。野中郁次郎教授は、国際関係が不安定な中では国家にはとりわけ「知的機動力が必要」と説いた。

デビッド・ティース[David Teece]
米カリフォルニア大学バークレー校経営大学院教授
1948年生まれ。75年米ペンシルベニア大学で経済学の博士号を取得。米スタンフォード大学、英オックスフォード大学を経て82年から現職。産業組織論、技術変革研究の世界的権威で、200本以上の論文を発表。特に97年発表の論文で提唱した「ダイナミック・ケーパビリティー」の概念は大きな反響を呼び、今も数多くの研究者が理論化に取り組んでいる。
野中郁次郎[Ikujiro Nonaka]
一橋大学名誉教授
(写真=吉成 大輔)
(写真=吉成 大輔)
1935年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、富士電機製造(現富士電機)を経て67年に米カリフォルニア大学バークレー校経営大学院に進学。72年博士課程修了。82年一橋大学産業経営研究施設教授。「ナレッジマネジメント」「SECIモデル」といった理論を広めた。2017年にはカリフォルニア大学バークレー校最高賞の生涯功労賞を授与された。
入山章栄[Akie Iriyama]
早稲田大学ビジネススクール教授
(写真=ドリームムービー)
(写真=ドリームムービー)
1996年慶応義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所を経て2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院から博士号(Ph.D.)を取得。同年から米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授を経て19年から現職。

 日経ビジネスLIVEは、2021年10月5〜7日の3日間、大規模Webセミナー(ウェビナー)「The Future of Management 2030:資本主義の再構築とイノベーション再興」を開催した。10月7日は「ダイナミック・ケーパビリティー」理論の提唱者デビッド・ティース米カリフォルニア大学バークレー校経営大学院教授と、日本を代表する経営学者、野中郁次郎一橋大学名誉教授のパネル討論「『ダイナミック』なイノベーション国家論」を実施した。モデレーターは入山章栄・早稲田大学ビジネススクール教授。

入山章栄・早稲田大学ビジネススクール教授(以下入山氏):このセッションは、「『ダイナミック』なイノベーション国家論」をテーマにお送りします。まず野中教授、よろしくお願いいたします。

野中郁次郎一橋大学名誉教授(以下野中氏):「ヒューマナイジング・ストラテジー〜戦略的ナラティブの実践知〜」というタイトルで話します。19年7月、デビッドが「『新啓蒙』会議」を開催し、私も参加しました。資本主義の道徳論や顧客第一主義、株主価値最大化の否定、従業員の復権などについて語り合いました。企業経営が、株主資本主義と決別し、ステークホルダー資本主義の方向に向かう流れをつくった重要な会議でした。

 スコットランド啓蒙主義は理性だけではなく感情も重視します。経済学の始祖アダム・スミスは『国富論』の前に『道徳感情論』を出版し、市場原理がうまく働くには人間の倫理観や共感が重要と説きました。「新啓蒙」会議には、この思想を復権しようという狙いもあったでしょう。