この記事は日経ビジネス電子版に『ディズニーも苦闘する「カルチャー・ウォー」と企業の「人権力」』(5月26日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』6月13日号に掲載するものです。

「カルチャーウォー」と呼ばれる価値観の対立が米国の分断を深めている。銃規制、中絶、人種差別、LGBTQ(性的少数者)……。企業のスタンスにも、消費者の厳しい視線が集まる。

優良企業米ウォルト・ディズニーが、LGBTQをめぐる人権問題で苦境に立たされている(写真=Joe Raedle / Getty Images)
優良企業米ウォルト・ディズニーが、LGBTQをめぐる人権問題で苦境に立たされている(写真=Joe Raedle / Getty Images)
筒井 清輝[Kiyoteru Tsutsui]
米スタンフォード大学 社会学部教授
1971年東京生まれ。2002年米スタンフォード大学で社会学の博士号(Ph.D.)を取得。米ミシガン大学社会学部教授、同大学日本研究センター所長、同大学ドニア人権センター所長などを経て現職。スタンフォード大学アジア太平洋研究センタージャパンプログラム所長、およびフリーマンスポグリ国際研究所シニアフェロー、東京財団政策研究所研究主幹も兼務。近著に『人権と国家―理念の力と国際政治の現実』(岩波新書、22年)。

 「カルチャーウォー」と呼ばれる政治的・宗教的・文化的な価値観の対立が米国の分断を深めていることは広く知られている。銃規制、中絶、人種差別、LGBTQ(性的少数者)の権利など、人権関連の問題で保守派とリベラル派の間で価値観が大きく対立し、それが共和党と民主党という政党の間に埋め難い溝をつくり、米国政治が機能不全に陥っている。

 この分断があらゆる分野に波及するに及び、最近ではこれまで価値観にまつわる問題への深入りを避けてきた企業も何らかの態度表明を余儀なくされている。例えば現在、米国を代表する優良企業、米ウォルト・ディズニーが、カルチャーウォーの最前線に引きずり出されて苦戦中だ。

 2022年3月28日、米フロリダ州のロン・デサンティス知事が「ドント・セイ・ゲイ法」と呼ばれる、小学校低学年までの子供に対する学校教育でLGBTQ関連の議論を取り上げることを禁止する法律に署名し、同法が成立した。

曖昧な態度に従業員が反旗

 この法律の制定過程を通して、フロリダ州にあるディズニーワールドの従業員などからウォルト・ディズニーのボブ・チャぺックCEO(最高経営責任者)が法案に曖昧な態度を取り続けたとして不満が起こった。前CEOのボブ・アイガー氏までもがチャぺックCEOの対応を批判。これを受けてチャぺックCEOはそれまでの対応を謝罪し、この法に反対しその撤廃を目指すという方針を明らかにしたが、彼のリーダーシップに対する不満は収まっていない。

 さらにこうした動きに対し、今度はデサンティス知事が、1967年から続くディズニーワールドの税制優遇措置と特別自治権を取り上げると発表した。デサンティス知事といえば、トランプではないトランピズムの継承者として、2024年の共和党大統領予備選では、トランプ前大統領の最大の対抗馬とも目される政治家である。

 最近では、これまで追従してきたトランプ氏に反論するようになるほど、政治家として自信をつけてきている。今回の騒動でも保守派の支持を取り付けるべく、巧みに文化的分断の中核をなす人権問題を利用しているわけである。

 このディズニーへの対抗措置法案は4月下旬に成立したが、法的にさまざまな問題を抱えており、これが実現すれば大幅な増税が間違いないディズニーワールド周辺の住民からは、この法律の無効を求める訴訟も起きている。すでにテキサス州やコロラド州がディズニーワールドの移転を喜んで引き受けると発表したが、46万人もの雇用と毎年58億ドルもの税収をもたらしているといわれるディズニーワールドをフロリダ州が失うわけにはいかず、この法が効力を持つまでにこの問題は何らかの解決を見ることが予想される。

 似たような対立がちょうど1年ほど前、同じく共和党系が強い米国南部のジョージア州で、同州に本社を置く米デルタ航空と州政府の間で展開された。20年の大統領選挙で、当時のトランプ大統領がジョージア州務長官に選挙結果を覆すように圧力をかけた問題が注目されたが、その後も選挙の不正に関する関心が続いた結果、21年3月に選挙法が改正された。ところが、この改正は明らかに黒人をはじめとするマイノリティーの投票権を侵害するものだとして批判が集中。消費者からのプレッシャーを受けて、ジョージア州に本社を置くデルタ航空や米コカ・コーラ、米ホーム・デポなどがこの選挙法に反対の姿勢を明言した。

 これを受けて今度はジョージア州政府が、デルタ航空がジェット燃料に関連して受けていた税制優遇措置を撤廃するという、「対抗措置」となる法案を提出した。だがデルタ航空はこれに屈することなく、さらに改正選挙法を批判した結果、最終的にはデルタに対する税制優遇撤廃のための法案の方が廃案となった。