この記事は日経ビジネス電子版に『世界に広がる「データ格差」:プラットフォーマーの「競争優位」は正しいか?』(4月4日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』5月23日号に掲載するものです。

一握りの巨大プラットフォーマーによるデータ独占が、深刻な「データ格差」を生んでいる。著者らはデータにアクセスできる権利の開放が公正な競争環境づくりと技術革新に寄与すると訴える。

データ開放による技術革新に期待がかかる(写真=PIXTA)
データ開放による技術革新に期待がかかる(写真=PIXTA)
ビクター・マイヤー=ショーンベルガー[Viktor Mayer-Schönberger]
英オックスフォード大学 インターネット研究所教授
1966年生まれ。88年オーストリア・ザルツブルク大学卒業、89年米ハーバード大学法科大学院修了、91年ザルツブルク大学で法学の博士号取得。米ハーバード大学ケネディ行政大学院教授、シンガポールのリー・クアンユー公共政策大学院などを経て現職。専門はインターネットガバナンス、規制論。86年にソフトウエア会社を起業、オーストリアで製品を大ヒットさせる。91年、オーストリアのトップ5ソフトウエア起業家に選ばれた。
トーマス・ランゲ[Thomas Ramge]
技術ジャーナリスト
1971年生まれ。独ビジネス誌brand einsおよび英エコノミスト誌のテクノロジー特派員として活躍。元ワイゼンバウム・ネットワーク社会研究所主任研究員。マイヤー=ショーンベルガー教授との共著(邦題は『データ資本主義』<NTT出版、2019>)はベストセラーに。同教授との新たな共著『Access Rules:Freeing Data From Big Tech for a Better Future』(University of California Press, 2022)を出した。

 「大企業たちの独占により、新興企業に経営資源が行き届かない」――。データ時代の到来とともに、「創造的破壊」を提唱したことで知られるオーストリアの経済学者ヨーゼフ・シュンペーターの悪夢がよみがえった。世界を変え得るデータを持つ企業は、現状ほんの一握りで、それが競争優位にもなっている。IT(情報技術)業界を取り巻くデータ格差に伴う弊害とその対策について、欧州の2人の専門家が論じる。

 創造的破壊という言葉を生み出したシュンペーターは、イノベーション(技術革新)について大いに心配していた。彼は経済成長の原動力として起業家精神を支持したが、小さなプレーヤーには画期的なアイデアを実現するために必要不可欠な経営資源、すなわち資本が欠けていると考えたからだった。

 幸いなことに、彼の懸念は杞憂(きゆう)に終わった。1950年代以降、エンゼル投資家とベンチャーキャピタル(VC)の活発なエコシステム(生態系)が、世界を変えるアイデアを持つ新興企業に十分な資金をもたらしたためだ。

 ところが、データ時代の到来により、イノベーターが必要な経営資源を入手できなくなるのではないかというシュンペーターの懸念がよみがえってしまった。イノベーションにおけるデータの役割が決定的になるにつれ、プラットフォームを通じて収集した膨大なデータによって、巨大IT企業はますます強力になっている。そうなってしまえば、起業家や他の企業は新しいチャンスをつかむことが難しくなるだろう。イノベーションのエンジンをふかし続けるには、いまや資本だけでなく、データへのアクセスも不可欠なのだ。

上場せず大手に身売り

 人工知能(AI)や機械学習といったデジタル技術を活用する多くのイノベーターにとって、優れたアイデアを実現可能な製品にするためには、関連するデータと組み合わせる必要がある。適切な学習データなくして、安全で信頼性の高い自動運転車やAIを用いた医療診断、(インフラや産業機械などの)予知保全システムを実現することはできない。

 音声認識や画像認識、詐欺の検出、商品の推奨、タンパク質の立体構造解析などには、大量のデータが必要である。優れたアイデアが、(米アップルの創業者)スティーブ・ジョブズが言うところの「宇宙をへこませられる」か、少なくとも成功する製品にさせられるかどうかは、ますます、データへのアクセスに左右されるようになっている。

 素晴らしいアイデアはどこにでも生まれるが、データへのアクセスは平等というわけではない。