この記事は日経ビジネス電子版に『秩序が崩れる世界、「ジャスト・イン・ケース」時代に ハース氏』(4月14日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』5月16日号に掲載するものです。

ウクライナ危機は、冷戦終結後の世界秩序を⼤きく揺るがし、「歴史の転換点」を象徴する事変となりつつある。2018年に著書で「世界無秩序」の到来を指摘した⽶外交問題評議会会⻑のリチャード・ハース⽒に、危機をどう⾒るか聞いた。

(聞き手は 広野 彩子)

リチャード・ハース[Richard Haass]
米外交問題評議会会長
外交官、外交政策担当として豊富な経験がある。米国のジョージ・H・W・ブッシュ政権で大統領上級顧問(中東政策担当)、コリン・パウエル国務長官のもとで政策企画局長を務めた。キプロスおよび北アイルランド特使も務める。近著に『The World 世界のしくみ』(日本経済新聞出版)。米国でベストセラーとなった『A World in Disarray』ほか多数の著作がある。(写真:The Council on Foreign Relations)

ロシアのウクライナ侵攻をどう⾒ますか。ハース会⻑が数年前に出版した著書『A World in Disarray』で書いた秩序なき事態が、現実のものとなりつつあるように⾒えます。

リチャード・ハース⽶外交問題評議会会⻑(以下ハース⽒):ロシアのウクライナ侵攻は、世界に無秩序が拡⼤していることを反映したものであると同時に、恐らくその⼀因ともなる出来事と⾔える。国境を軍事⼒で侵してはならない、国家主権は尊重されるべきだという、国際関係の最も基本的なルールに違反している。つまり世界の秩序に対して脅威となる、かなり悪い状況だ。

 その上、ウクライナの⺠間⼈に対する直接的な攻撃、⼀般⼈が処刑される残虐な⾏為が⽇々報じられている。これはすべてが本当に恐ろしい。救われるのは、ウクライナの⼈々と指導者たちが勇気をもってたくましく⾏動してきたことだ。ウクライナ⼈が⾃分たちの政府やシステム──⺠主主義──を信じ、そのために戦っている。このことが、侵略への誘惑に駆られる他の国家を踏みとどまらせることにつながってほしい。

 北⼤⻄洋条約機構(NATO)加盟の30カ国が、侵略に抵抗するウクライナを⽀援するため⼀致団結したという事実は、同盟の存在が依然として重要であるという世界へのメッセージだ。つまり⺠主主義国家は、互いに⽀え合うことを望んでいる。⽇本を含む世界中の多くの国々がロシアを批判し経済制裁を⽀持していることもそれを⽰している。ロシアにペナルティーを科すことが重要だ。これから侵略者となり得る国々に、もし「国境を変更するために軍事⼒を⾏使すれば、重く厳しい国際的な制裁の対象となる」とのメッセージを送る必要がある。

国際関係とは不安定なもの

 戦争や侵略があるたび、国際関係というものが潜在的に⼤変不安定なのだと思い知らされる。実に危険で、ウクライナの現状は⼼もとない。多くの⼈々が、過去より未来が良くなることを期待したが、現状はある意味、未来が過去と似通ってしまった。

プーチン⼤統領の真の狙いは。

ハース⽒:彼は必ずしも真実を語らない。ウクライナの統治権を奪いたいことだけは明らかだ。プーチン⼤統領はウクライナを脅威と見なしている。ロシアと同じスラブ系で、国境を接する国が⾃由⺠主主義国家になり得るというのは、プーチン⼤統領が信じるもの、そして彼⾃⾝の⽴場にとって脅威だ。

 独⽴した主権国家で⾃由かつ⺠主的なウクライナを本質的に潰したいと思っているだろう。またその過程においてNATOを弱体化させたいとも考えているだろう。プーチン⼤統領には多くの目標がある。最⼤の目標は、ウクライナを弱体化させることだが、むしろプーチン⼤統領はウクライナ国⺠の⾃意識を⾼めた。ウクライナの国家としてのリーダーシップを強化してきたとさえ⾔える。

 当初の目標が挫折した今、プーチン⼤統領が何をするか。野⼼的でない目標を持つ可能性がかなり⾼い。例えばウクライナを弱体化させ、ウクライナにロシアの影響圏とでも⾔える地域をつくり、⽀配することかもしれない。だがプーチン大統領の長期的な目標はウクライナを弱め、NATOを弱め、米国を含む民主主義勢力を弱体化させることだ。プーチン大統領はSNS(交流サイト)を通じて米国の民主主義を弱めるため数多くの工作を仕掛けてきた。それが自身によるロシア支配を強化する最善の方法だと考えている節がある。

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