この記事は日経ビジネス電子版に『「プーチンのおカネ」を探せ』(4月7日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』4月25日号に掲載するものです。

ロシア民営化で進んだ「盗賊資本主義」。カギはいわゆるオリガルヒ(新興財閥)だけではないという。西側諸国のタスクフォース「クレプトキャプチャー」は果たして機能するのか。

ダニエル・J.アーベス[Daniel J. Arbess]
ゼリオン・インベストメンツCEO(最高経営責任者)
ゼリオン・インベストメンツCEO(最高経営責任者)
カナダ・ヨーク大学で法務博士号取得(J.D.)、米ハーバード大学法科大学院修了(L.L.M)。中欧、東欧、ロシアで主に事業再構築のプライベートエクイティ投資に従事、法律事務所パートナーやゼリオンヘッジファンド創業者兼パートナーなどを経て現職。米外交問題評議会のメンバー。世界銀行と欧州復興開発銀行のアドバイザーとして、ロシアの民営化プログラムをアナトリー・チュバイス氏に助言。
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と、元側近アナトリー・チュバイス氏(右)(写真=Mikhail Svetlov / Getty Images)
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と、元側近アナトリー・チュバイス氏(右)(写真=Mikhail Svetlov / Getty Images)

 ロシアのアナトリー・チュバイスが気候変動特使の職を辞し、国を離れると決めたことは今後、極めて重要な意味を持つかもしれない。近年のロシアの歴史に再び風穴を開けることで、「プーチン政権の取り巻き」とされる十数人のロシアの「オリガルヒ(新興財閥)」の資産凍結を目指す、西側の対ロ制裁タスクフォース「クレプトキャプチャー(窃盗犯の逮捕)」(注1)にある種の規律をもたらし得るからだ。「それ以上」が実現する可能性すらある。

注1=クレプトクラシーは「指導者がほかの人々から盗むことで権力と豊かさを獲得する社会」(ケンブリッジ辞典オンライン版)。クレプトキャプチャーは、その資金源であるロシアの新興財閥オリガルヒを制裁するため米司法省が設立した部隊

 1990年代にエリツィン大統領の下でロシアの大規模な民営化計画を担当したチュバイスは、この国の富がどのように分配されたかを知る生き字引のような存在だ。またプーチンをエリツィンの後継者として早くから推してきた人物でもある。プーチンの側近から外れて久しいが、西側諸国を、その金脈に導けるかもしれない──彼が安心して口を開くことができればだが。プーチンの取り巻きの制裁は良いアイデアに思えるが、チュバイスなら、現行のクレプトキャプチャーがかえって状況を分かりづらくすると知っているはずだ。現在のターゲットは、エリツィン時代にお金持ちになったものの、結局プーチンと対立してロシアを去ったか、あるいはプーチンの意向でロシアにとどまる者たちだからだ。

本当の「キーパーソン」は?

 彼らは、プーチンの邪魔にならない範囲で、許可されたものを所有し、最小限の影響力しかない。今日のクレムリン(ロシア政府)のインサイダーは、旧ソビエト連邦時代のスパイと、92年から96年の間に民営化された数千の企業のほとんどを支配する「赤の役員」の残党だ。

 現在標的にされているオリガルヒは当時ロシア政府に8億ドルを貸し付けた銀行家で、融資は12社の主要石油・金属会社の少数株主持ち分を担保とした。エリツィンが96年の大統領選挙で、共産党の対立候補であるゲンナジー・ジュガーノフに負けると予想される前、巨大な財政赤字を埋め、ハイパーインフレを回避するための融資だった。もし選挙後政府がすぐ返済しなかったら、貸し手は株式を競売にかけられ、誰が競り勝っても民営化が終わるはずだった。

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