日本の少子高齢化は深刻であり、岸田文雄政権は「異次元の少子化対策」を掲げる。だが母親になり得る女性の数が減る中、東アジアにより根強い「男女の役割意識」が、足かせになるという。

ジェシカ・パン[Jessica Pan]
シンガポール国立大学経済学部教授
2005年、米シカゴ大学経済学部卒業、10年シカゴ大学経営大学院で博士号(Ph.D.)を取得。シンガポール貿易産業省リサーチコンサルタント、米マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員、米ハーバード大学ケネディ行政大学院リサーチフェローなどを経て現職。専門は労働経済学、応用経済学、ジェンダー、教育など。経済学・経営学の国際的な一流学術誌に数多くの研究を発表している。

 日本の少子高齢化は深刻な問題だ。岸田文雄政権は「異次元の少子化対策」を掲げ、政策的な対応に危機感をにじませる。少子化の背景として、結婚にメリットを感じない人々による非婚率の上昇、子どもの教育費の高騰、高齢化する親との同居や介護など、さまざまな理由が挙げられている。女性の高学歴化に原因があると指摘するような議論もある。

 昨今、日本中で話題の「人的資本理論」を切り開き、ノーベル経済学賞を受賞した経済学者故ゲーリー・ベッカー氏は、「結婚の経済学」を提唱したことでも世界的に知られている。ベッカー氏は1973年の有名な論文で、結婚の利点として分業、子どもを持つことの心理的なメリット、家計の規模が大きくなるメリット、「保険」としての機能などを指摘した。また女性の高等教育が所得を増加させ、結婚によって得られる利益が減少することも示した。だが経済学者による最近の研究からは、より複雑な実態が明らかになった。

 1995年から2010年までの先進23カ国のデータに基づく大規模な研究の結果を見ると、女性の労働市場参入の機会が増えるにつれ、「男性は外で働き、女性は家事・育児に専念すべきだ」という男女の役割を固定する社会の「伝統的なジェンダー規範」こそが、結婚の障壁となってきた可能性が高いというのだ。

 研究では、東アジアや南ヨーロッパの一部など、伝統的なジェンダー規範が根強く残る国々で、とりわけ教育を受けた女性の結婚率が過去最低水準にあった。根強い「伝統的なジェンダー規範」と女性が得られる機会との関係を理解することで、こうした国々での「結婚・出産からの逃避」と向き合うために必要な対策が見えてくるかもしれない。調査を主導したシンガポール国立大学経済学部のジェシカ・パン教授に聞いた。

パン教授が主導した23カ国のパネルデータを用いた最近の研究で、東アジア系の女性は欧米の女性に比べて結婚願望が低いことが分かったそうですね。日本では22年における50歳時の未婚割合が男性28.3%、女性で17.8%です。

ジェシカ・パン・シンガポール国立大学経済学部教授(以下、パン氏):先進国のほとんどで、結婚率が減少していることはよく知られています。日本では、35歳から39歳の独身女性の割合が大幅に増え、1970年には20人に1人程度だったのが、2000年代後半には約5人に1人です。特に、高学歴者の結婚離れが顕著です。

 日本では女性の平均初婚年齢が29.4歳(20年)です。そこで30歳から34歳の女性について調べたところ、非大卒者の未婚率は35.4%である一方、大卒者(大学院含む)の未婚率が38.5%でした(下グラフ)。

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