この記事は日経ビジネス電子版に『AI実装で競合に追いつき追い越したスコシア銀行』(3月3日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』3 月21日号に掲載するものです。

人工知能(AI)を活用する組織力は、一朝一夕に得られるものではなく、競争も激しい。だがたとえ立ち遅れても、追いつき追い越すことは可能だ。カナダ・スコシア銀行のケースを紹介する。

トーマス H・ダベンポート[Thomas H. Davenport]
米バブソン大学学長付特別教授
1976年米トリニティ大学卒業、80年米ハーバード大学で社会学の博士号(Ph.D.)取得。ハーバード経営大学院、米シカゴ大学、米ボストン大学経営大学院、米テキサス大学オースティン校などを経て現職。米ハーバード・ビジネス・レビュー、米MITスローンマネジメントレビュー、英フィナンシャル・タイムズなどに寄稿。MITデジタル経済イニシアチブのフェロー。
ランディ・ビーン[Randy Bean]
米ニューバンテージ・パートナーズCEO(最高経営責任者)
2001年、戦略アドバイザリーファームのニューバンテージ・パートナーズを創業、CEO(最高経営責任者)。同社は現在、仏ウェーブストーンの1部門。米ハーバード・ビジネス・レビュー、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルなどに寄稿。著書に『Fail Fast, Learn Faster: Les-sons in Data-Driven Leadership in an Age of Disruption, Big Data, and AI』(Wiley, 2021)。

 人工知能(AI)を活用する力を獲得することは先手必勝であり、スタートで出遅れてしまうと他社に追いつくことは不可能だと感じる組織や企業も多いことだろう。だが、過去2年間、AIに対して結果重視のアプローチを追求してきたカナダ5大銀行の一つであるスコシア銀行(正式名称:the Bank of Nova Scotia)における取り組みは、この「通説」をよい意味で覆している。

 スコシア銀行は、ブロックチェーンや量子コンピューティングなどの新技術がどのようにビジネスモデルや新商品につながるか探索することに、開発リソースの一部を投じた。しかしその開発の焦点は、将来のためのイノベーションではなく、データやAIを活用して現在の業務を改善することを目的としていた。

 その結果スコシア銀行は、AIを活用した複数の重要な領域で競合他社に追いつくことに成功した。スコシア銀行はデータとアナリティクス(分析)の密接な統合、AIに対する実践的なアプローチ、再利用可能なデータセットの重視に取り組み、スピードとROI(投資利益率)の両方を向上させた。

第一歩は新しい組織づくり

 スコシア銀行の競合には、AIを活用する能力の構築や関連する買収に早くから取り組んでいた企業がいくつもあった。一方、スコシア銀行は自らも認めるように、この取り組みに出遅れ、大規模なデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組んでは、何度も失敗してきた。2019年中盤になると、同行のCEO(最高経営責任者)であるブライアン・ポーターは正しく分析内容を理解することが重要だと感じていた。

 そこで、CID&A(Customer in-sights, data, and analytics:カスタマーインサイト、データ、アナリティクス)に焦点を当てた新しいチーム体制が、AIを活用する能力を構築するうえで、中心的な役割を担うことになった。

 ポーターはフィル・トーマスをCD&Aの責任者に任命し、銀行の最高アナリティクス責任者と最高データ責任者の両方を彼の直属の部下とした。また、この体制をサポートするために、専任のCIO(最高情報責任者)も設置した。

 この統合されたプロジェクトの運営体制があったことにより、スコシア銀行は必要なデータを迅速に収集・管理し、アナリティクスやAI機能の導入に取り組めた、という見解には誰もが納得するだろう。ある幹部は「私たちのインセンティブ、リーダーシップ、そして特徴はすべて一致しており、あつれきや支障はない」と語った。

 一例を挙げると、データサイエンティストの多くが事業の様々な部署に配属されている中、アナリティクスとAIの機能は一元化されていた。これによって、リーダーは収集されたデータを基に、どのアナリティクスやAIの機能を開発するのか判断し、その中枢を担う部署でそれを実行できるようになった。

 21年10月まで最高アナリティクス責任者を務めていたグレイス・リーは「デジタル化は銀行全体のデータとアナリティクスを可視化し、AI人材が新たな第一線で活躍するようになった」と話す。リーは10月にCID&Aの責任者を引き継いでおり、前任のトーマスは、CID&Aの監督も担う最高リスク責任者に就任している。

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