この記事は日経ビジネス電子版に『DXに突き進む企業が陥る3つの落とし穴』(1月28日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』3月7日号に掲載するものです。
パンデミック(世界的大流行)により世界中の企業でデジタル化が加速し、企業が陥りがちな問題も分かってきた。本稿では、ビジネスリーダーがデジタル化を進めるために必要な意思決定プロセスの在り方などを紹介する。
テクノロジー戦略コンサルタント

1816年、フランスの医師ルネ・ラエンネックは、ある問題に直面した。従来の手法では心臓病の女性を正しく診断することができなかったのだ。そこで、彼は数枚の紙を丸めて作った筒の端を患者の胸に、もう片方の端を彼の耳元に当てた。これが、聴診器の始まりである。
ラエンネックは、「医師が道具を介して患者を診断する」という自らの発想が、後の医療を大きく変えることになるとは、夢にも思っていなかった。やがて医療の世界では、従来の診断手法に代わり機械により診断するようになっていった。その結果、人間の直感や総合的な評価による診断の機会は、ますます減少していった。そして現代の医療技術は、患者ではなく、病気とその症状に焦点を当てるようになったというわけだ。
現在、治療に携わる無数の医療技術があり、それを扱う専門家がいて、さらには巨大な製薬会社が存在している。変革により医療が近代化したことで、医療業界に計り知れない利益がもたらされたのだ。一方、(個々の専門家の)診断できる範囲が狭くなり過ぎていることや、根本的な原因ではなく症状を診断する対症療法になっていること、そして高度な医療が高額になっていることが問題となっている。
これは、決して医療業界だけに限った話ではない。
医療分野では医療チームをどう配置すれば効率的な医療行為ができるのかという課題があるが、これは、多くの企業がDXに当たり直面している問題とよく似ている。
現在、多くの企業がDXに熱心に取り組んでいることは言うまでもない。しかしながら、DXに意欲がある企業がごく狭い範囲に焦点を当ててデジタル化を進め、慢性的かつ体系的な問題を見過ごして、(狭い範囲に)過剰に投資しているケースがしばしば見受けられる。
企業の「DX失敗率」は70%
DXという言葉が生まれてから10年ほどたつが、デジタル技術がビジネスの在り方を大きく変えるには、パンデミックというきっかけが必要だった。その結果、あらゆる業界のリーダーが、デジタル化に向けた製品やサービス、プラットフォームに戦略的に投資していくことの重要性を痛感している。
2023年までに、企業はDXに総額6.8兆ドル投資すると予想されている。そうした企業の多くがDXを通じた業務コストの削減や市場参入の加速、新しい機会の獲得に期待しており、その潜在的なメリットは明らかだ。しかしだからといって、企業はむやみに焦ってDXを推進してはならない。
企業のDXの失敗率は70%に上り、関連コストも驚くほど高い。経営者や株主は、企業のデジタル化を推進することで短期的な利益を得たいと考える傾向にあるが、企業がデジタルにふさわしい企業文化を成熟させ、かつ醸成しながら(DXを)進めていく道は険しい。企業が導入しているクラウドサービスやソフトウエア開発、サイバーセキュリティーなどのデジタルケイパビリティーのほとんどは、縦割りの組織構造であったり、外部に委託されたりしながら運用されているのが現状である。
企業はデジタル化に関して過度に期待せず、現実的になる必要がある。日常業務を短絡的に「DXする」のではなく、計画を徹底的に考えたうえでのチェンジマネジメントが必要なのだ。DXを正しく進めるにあたっては、冒頭に触れた医療業界を参考にすることができる。医師が治療にあたって患者の心、身体、精神を含む全体を考慮するように、企業経営者は組織全体を考慮しながらDXを推進しなければならない。
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