カイゼンはイノベーションのための「手法」であり「結果」ではない。自動車産業の実証研究と人工知能(AI)による社会実験から、「カイゼン」が引き起こす創発の姿が分かった。

岩尾 俊兵[Shumpei Iwao]
慶応義塾大学商学部准教授
東京大学博士(経営学)。専門はビジネスモデル・イノベーション、オペレーションズ・マネジメント、経営科学。著書に『イノベーションを生む“改善”』(有斐閣)、『日本“式”経営の逆襲』(日本経済新聞出版)、『13歳からの経営の教科書』(KADOKAWA)など。第73回慶応義塾賞、第37回組織学会高宮賞著書部門、第36回組織学会高宮賞論文部門、第22回日本生産管理学会賞理論書部門ほか受賞。

 高度経済成長期を通じて、カイゼンは日本企業の競争力の源として注目されてきた。しかし、それから数十年、日本企業の業績は悪化し続け、それに伴ってカイゼンの戦略的価値への世間的な関心も薄まった。時には「日本企業はカイゼンばかりを追い求めるからイノベーションに取り残されたのだ」という言説さえ聞こえるようになった。

 だが、最新の実証研究と多数のAIを用いた人工社会実験の結果からは、カイゼンによって大規模なブレークスルーが創発する可能性が示され、カイゼンの取り組み方には経営トップによる戦略的意思決定の余地があることが判明した。すなわち、カイゼンから十分な競争優位性を引き出すには、経営トップによる戦略的意思決定と組織設計が必要不可欠となるのである。

 重要なのは、カイゼンはイノベーション創発のための「手法」の一つであり、規模の大小やインクリメンタル(積み上げ)といった「結果」そのものではないということだ。

 カイゼンが大規模イノベーションに化ける理由は、カイゼンが持つ「潜在的な問題解決の連鎖性」にある。ただし「問題解決の連鎖」と単なる「問題解決のバラバラな積み重ね」とは似て非なる概念だ。

 カイゼンの経営戦略上の重要性は、世間の評価とは裏腹に、実際には増してきているのである。

カイゼンは経営に役立つか?

 そもそもカイゼンはどれくらい企業の競争優位に貢献してきたのだろうか。図1は、一例としてトヨタ自動車がカイゼンを追求することで得ている利益を示している。

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 トヨタは2000年以降、カイゼンの経済効果を有価証券報告書において公表している。ここから分かる通り、データが公表されている期間を通じて、トヨタのカイゼンは毎年数千億円もの利益を生み出している。

 ただし、ここには部品の見直しや設計変更といったバリューエンジニアリングおよびバリューアナリシス(VE/VA活動)の効果が含まれている。図2は、VE/VA活動と工場・物流部門改善(現場カイゼン)の区分データが公表された15年から20年までの全期間のカイゼン効果の推移である。これらのデータは、トヨタが現在でもカイゼンから莫大な利益を得ていることを示している。