アフリカの人々は欧州サッカーに熱中し、その結果が選挙にまで影響しているという。米国の政治学界では、スポーツが選挙に与える影響の研究が盛んである。日本の若手政治経済学者が、アフリカ選挙で分析した。

菊田 恭輔[Kyosuke Kikuta]
日本貿易振興機構アジア経済研究所副主任研究員
2010年、一橋大学法学部卒業、12年、同大学法学修士課程修了。19年、米テキサス大学オースティン校政治学部で博士号(Ph.D.)を取得。専門は国際関係論、紛争論。大阪大学国際公共政策研究科准教授を経て現職。

 われわれ日本人から見ると少々驚くほどに、アフリカの人々が欧州のサッカーに熱狂している。

 2011年の調査によれば71%の人々がサッカーに関心を持っており*1、プレミアリーグ(イングランドのプロサッカー1部リーグ)だけでも2億7000万人、すなわちアフリカ大陸の全人口の4分の1以上が定期的に試合を見ているとされる*2。自分の応援するチームが負けると、仕事に力が入らず休む人、他のチームのサポーターと取っ組み合いのけんかをする人もいれば、チームが勝ったことで一日中気分が良い人もいる。こうした状況を「第2の宗教」と呼ぶ研究者さえいる*3

 ここまで影響力があると、個人や生活に関する影響を超えて、欧州サッカーはアフリカの政治に影響しているのではないだろうか? 自分が応援するチームが負けたから自国の政治家に「八つ当たり」して、政治家を支持しなくなる、さらには抗議活動などで憂さ晴らしするなどがあり得るのではないだろうか?

 読者は、そんなばかな、と思うかもしれない。ところが、1万5000試合以上の試合結果、5万件を超える抗議活動などのデータ、そして1万5000人近くを対象とした世論調査から見えてきたのは、欧州サッカーの試合結果がアフリカ人の政治態度、そして抗議活動にまで影響しているという事実だった。

なぜ欧州サッカーなのか?

 きっと読者はこう思うだろう。そもそもなぜ、欧州のサッカーがアフリカの政治に与える影響について考える必要があるのだろうか? サッカーファンにとっては面白いかもしれないが、政治学者が真剣に取り組まなければいけない課題なのだろうか? 実は、この問題は政治と「合理性」を考える上で極めて重要なのである。

 「合理性」とは、人々が与えられた情報を正確に処理し、自分の好みにあった選択をすることを指す。例えば、ニュースなどの情報から、政治家の能力を理解し、自分が望む政策を実現してくれそうな候補者を支持することが挙げられる。こうした合理性は民主主義にとって重要だ。人々が自分に好ましい政治家を支持し、政治家は人々の支持を得るために政策を実現する。そうすることで、民主主義においては「人々のための政治」が実現する*4

 しかし、人々が合理的でなかったらどうだろうか? 例えば、政治とは全く無関係な出来事で、政治家を支持または批判したらどうだろうか? 人々が望む政策を実現したとしても、政治家はあまり人々から支持を得られないかもしれない。そうであれば、人々のために政策を実現するのでなく、自分が良いと思う政策、あるいは私利私欲を満たしていればよい。

 米国の政治学では論争が起きている。一方の陣営は、政治的に無関係な出来事で人々は政治家を支持したりしなかったりするという。例えば、ある研究*5では、地元の大学のアメリカンフットボールのチームが負けると、選挙における現職候補への支持が減ることを示している。また海岸でサメが人を襲撃すると、同じく現職候補への支持が減ることも示されている*6

 他方で、別の研究*7,8では、こうした研究はデータ分析上の問題があると指摘している。つい最近も反論、そして再反論が出るなど、議論はかなりヒートアップしている。

 もっとも、これらは米国を研究対象にしたもので、それ以外の地域での実証はあまり多くない。そこで、登場するのが、欧州サッカーがアフリカにおける政治態度と抗議活動に与える影響、というアイデアなのである。

 サッカーワールドカップであればアフリカの政治家が何らかの影響を与えることができるかもしれないが、欧州サッカーに彼らが影響しているとは考えにくい。もし欧州のサッカーがアフリカの政治に影響していれば、人々が合理的でないことを示せる。

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