この記事は日経ビジネス電子版に『「歴史を理解しない米国人。世界秩序立て直しの鍵は、企業と日本」』(2021年12月23日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』2022年1月17日号に掲載するものです。

格差やソーシャルメディア、価値観の違いなどで複層的に分断が進む世界。米国の立ち位置も揺らいでいる。シンクタンク、米外交問題評議会のリチャード・ハース会長に、世界秩序の立て直しにおける企業の役割を聞いた。

リチャード・ハース[Richard Haass]
米外交問題評議会会長
外交官、外交政策担当として豊富な経験を持つ。米国のジョージ・H・W・ブッシュ政権で大統領上級顧問(中東政策担当)、コリン・パウエル国務長官の下で政策企画局長を務める。ベストセラー『A World in Disarray』など著書多数。(写真提供=The Council on Foreign Relations)

 国内の格差拡大、米国・中国・ロシアを巡る国際対立――。混迷と分断が広がり、第2次世界大戦後から機能してきた世界秩序に綻びと限界が見られる。国際問題の定期刊行誌「フォーリン・アフェアーズ」の発行元として知られるシンクタンク米外交問題評議会のリチャード・ハース会長は、古い秩序の復活でなく、新しい秩序の構築が必要と説く。世界は今、歴史的にどのような地点にいるか、企業の役割はどう変わったか。

(聞き手は 広野 彩子)

米国人が、第2次世界大戦をはじめ米国史や世界を巡る重要な歴史を全く学ばないことに衝撃を受け、本を書いたと聞きます。

 残念ながらそうです。米国人は初等教育から高等教育まで、歴史上の重大事件を全く教えず、学ばない。ほとんどの米国人は、誰がこの国を独立に導いたかさえよく知らない。

 以前、偶然会った米スタンフォード大学卒業間近の学生は、専攻はコンピューター科学で、経済学も歴史も政治学もほとんど学ばなかったと話していました。つまりトップスクールの優秀な学生が4年間大学で過ごしても、我々を取り巻く世界への理解が欠落したまま卒業してしまう。

 世界は物理的にも、個人的にも、ビジネス上も我々全員にとって重要です。しかし老若男女、多くの人々が世界で起こっていることを知らない。大学に行こうが行くまいが、勉強しない。勉強したとしても忘れている。

 世界と自分のつながり、自身の国の外交政策と世界のつながりを理解することなしに、これからの時代の荒波に備えることはできません。世界情勢の基礎を読者に身につけてほしいと考え、『The World 世界のしくみ』(日本経済新聞出版)を書きました。世界の出来事が自分とどうつながっているのかの基本です」

南北戦争を知らぬ米国人

米国は歴史教育がないのですか。

 米国人には、系統だった歴史を学ぶ機会がないのです。国に共通するカリキュラムがなく、教える内容は教師次第、自治体次第。米ロサンゼルスと米ボストン、米ニューヨークでは恐らく違う歴史を教わる。不健全です。国家にとってもよくない。

 ほとんどの米国人は、アメリカ合衆国憲法の中身や、米独立戦争や南北戦争、世界大恐慌などといった重要な歴史を分かっていないし、米国が国外でやってきたことも知らない。米国民全員が必ず学ぶべき基本的な共通知識、共通認識がない。

 私は今、米国史を書いています。米国史と米国の民主主義を伝えることが民主主義の未来を成功に導いていくため必要です。事実上大多数の先祖が移民で、米国人が米国人たり得るのは自由と機会(均等)の原則という価値や権利への、ある種信念です。

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