元興寺の塔頭(たっちゅう)である十輪院を開いた魚養は、吉備真備が唐の女性との間にもうけた子供だという伝説がある。

 真備は遣唐使船で帰国する際に、妻子をどうするかという問題に直面した。唐の仕来りでは在唐中に妻子を持つことは歓迎しても、妻を連れて帰ることは認めていない。それに魚養はまだ幼く、日本まで航海させるのは酷である。

 そこで真備は「落ち着いたら必ず迎えに来る」と約束し、妻子を残して帰国した。それは噓ではなかったとしても、実現するのはなかなか難しい。日本で政務に追われているうちに先延ばしになり、いつしかすっかり忘れていた。

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