今回からしばらく、倉敷市への旅にお付き合いいただきたい。というのは先日、吉備真備のふるさとである倉敷市真備(まび)町を訪ね、心温まるおもてなしを受けたからだ。縁とは不思議なものである。

 縁とは不思議なものである。

 私が長年関わってきた「ざぶん賞」という環境保護運動のご縁で、倉敷市で行われる環境省と支援団体による「森里川海プロジェクト賛同者交流会」に参加させていただくことになった。

 その打ち合わせが10月下旬に岡山市で行われたので、この機会に倉敷市の伊東市長を表敬訪問しようと思い立った。その旨を市役所に連絡すると、市長ご自身が「それなら真備町をご案内します。半日ほど空けておいて下さい」と言って下さったのである。

 これも吉備真備のお引き合わせだと勇躍して、午後1時半に岡山駅で待ち合わせた。すると市役所のマイクロバスで伊東市長が颯爽(さっそう)と到着された。新進気鋭の女性市長として当選され、今は4期目になられる。

 しかもバスには真備町の歴史関係の方々や市役所の学芸員など、10人近くが乗っておられる。

 「皆さんは、『ふりさけ見れば』で吉備真備を書いていただいていることに、大変関心を持っておられます。この機会にお引き合わせしますので、疑問があれば何でもたずねて下さい」

 市長はマイクを握って屈託なく皆さんを紹介され、バスの中は修学旅行のような雰囲気になった。

 やがて1人の方から、こんな質問を受けた。

 「吉備真備は我がふるさとが生んだ偉大な人物で、皆が敬愛しておりますが、先生はどうしてあのようなキャラクターに描いておられるのですか」

 これには少々たじろいだ。相手の方は決して批判的ではないが、返答によってはこちらの見識が疑われる。しかも皆さんが、「そうそう、その通り」と言いたげな顔を向けておられるではないか。

 私は覚悟を決めてマイクを受け取り、次のように答えた。

 「理由は2つあります。ひとつは小説の構成上の問題です。この作品は阿倍仲麻呂と吉備真備の2人を主人公にしていますが、従来の偉人説話に従えば2人とも似たようなキャラクターになってしまいます。そこで真備はバイタリティにあふれた、我が道を行くタイプの男に描くことにしました。その根拠としたのは、彼がいくつもの政争に関わり、敵を作ることを恐れないタイプの政治家だったことと、奈良市十輪院の朝野魚養(あさののなかい)の伝説です」

<span class="fontBold">吉備真備は幼いころから、その秀才ぶりで有名だった。716年、遣唐留学生に抜てきされ、翌年、入唐した。735年に帰国。貴重な文物を持ち帰るとともに、統治に関する教養をかわれ、重用された。752年には、再び入唐を果たしている</span>(イラスト=正子公也)
吉備真備は幼いころから、その秀才ぶりで有名だった。716年、遣唐留学生に抜てきされ、翌年、入唐した。735年に帰国。貴重な文物を持ち帰るとともに、統治に関する教養をかわれ、重用された。752年には、再び入唐を果たしている(イラスト=正子公也)