光秀の家中や朝廷の中にもキリシタンがいて、イエズス会に逐一情報を伝えていた。それが後にキリシタン大名になる黒田官兵衛を通じて、秀吉に伝えられていたのである。

 イエズス会やスペインまでも身方につけていた秀吉は、毛利家に和を結ばせたばかりか、毛利家の旗30本と鉄砲500挺を借り受け、毛利家の先陣をつとめているように見せかけて中国大返しにかかった。

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